フェニックスからバンクーバーへ

  • 2011/07/25(月) 16:39:25

 何とかフェニックスで無事すごし、心配していた治安もとてもいいところだと知って、安心した。

今度は、10番ゲートから乗り込み、次の乗り継ぎ空港のシアトルへ。この空港には、びっくりした。ゲート内に、レストラン・ショップなどが多数あり、ハブ空港として、こんな大きな空港とは思ってもみなかったからだ。これなら乗り継ぎ時間をつぶすのにも困らない。食事をとって飛行機に乗り込む。




 
 バンクーバー空港に着いて、驚いた。それまでのアメリカの空港とは違い、旅行者へのインフォメーション体制が、徹底しているということだ。


入国審査の書類の書き方で戸惑っていたら、中国人らしき職員が中国人だと思ってのか、いきなり中国語でまくしたて、怒鳴られながら書類をかけと言われた。いつもこのようにしてか、中国からの団体を命令口調で動かしているのだろうが、あまりいい気はしなかった。

しかし、バンクーバー空港では、観光客が困らぬよう職員を配置し、いつどんなときでも聞けるようになっていて、情報が得られるようになっていて、感心するばかりだった。

入国審査の若い女性は、とても美人だった。このような美人の航空職員がカナダでは、多く見受けられた。

 入国は、スムーズだったのに、ターンテーブル二しかし行っても、荷物が出てこない。最後までその場い取り残されて、それでも出てくるはずのトランクはなかった。またしてもトラブル。

荷物を空港で探して、あればホテルへ届けてもらうこととして、入国審査を終えて、インフォメーションでホテルの場所を尋ねると、何とそのホテルは最も治安の悪い危険地帯にあるという。

食事は空港で済ませ、ホテルにはタクシーで行くように言われ、このあたりは歩かないよう注意された。荷物もなく治安も悪いところと聞いて、不安はどんどん増す。

教えられた通り電車にのっていると、「何か困っていないか」と日本語で話しかけてくださる方がいる。事情を話すと、途中まで一緒に行って、タクシー乗り場へ案内して下さった。

きれいなバンクーバーの町も、途中から言われた通りホームレスやドラッグなどをやっているように見受けられる若者がタクシーんの車窓から見え、不安はどんどん募る。これからどうなるのだと思う。

着いたホテルはかなり古く、よく言えば伝統があるホテルだった。英国王室の写真や国旗も飾られている。

荷物は届かず、着の身着のままの、バンクーバーの初日となった

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ロサンゼルスからフェニックスへ

  • 2011/07/25(月) 16:26:20

ロサンゼルスからカナダのバンクーバーへ。朝のロサンゼルス空港には、空港職員があまりいず、聞こうにも聞けないで右往左往している旅行客ばかり。やっとチケットの発行と荷物検査を終え、飛行機へ。思ったより小さな飛行機。途中、フェニックスで乗り継ぐ。カナダからフェニックスまでは順調。

しかし、フェニックス空港で思わぬことが起きた。乗り継ぎ時間が20分しかなく、フェニックスに降り立って、乗り継ぐゲートがわからず、近くにいた乗務員に聞くと、隣りのゲートだと言う。乗り継ぎ時間が短いので、言われるままを大きな移動はないだろうと信じて、それでもゲート入口で次の乗り継ぎ空港シアトル行きかと尋ねた。

すると、この搭乗口から入れというので、入って荷物検査とボデーチェックを受け、搭乗ゲート「15」を探した。しかし、ゲートは14までしかない。どこにも14のゲートはない。

あわてて言葉も通じないで思わず絶望の叫び声をあげていた。混乱の中聞いてみると、別のターミナルだという。初めての右も左もわからない空港で、走り回るという事態に。散々ぐるぐる周り、やっとバスで移動しなければならない他のターミナルだということがわかる。

そして、空港内を叫び声をあげて走った挙句、ゲートは飛行機が飛び立った後だった。周りを見回しても、職員がいない。やっとのことで次に乗る予定っだったアラスカ航空の窓口にたどり着くことができた。

とにかく、荷物もなく知らない空港に取り残されて、途方に暮れてしまった。フェニックスって今まで聞いたこともない。飛行機からは、砂漠のようなところにも思えた。

知らないところにいきなり放り出されたようで、恐ろしかった。最初に乗ったデルタ航空に間違って他の搭乗口に案内され、受けなくてもいいチェックまで受けての対応には、憤りもあるのだが、職員はいず、アラスカ航空がホテルの手配と荷物を探してくれた。幸いにも荷物は残されていた。

とりあえず、泊まるホテルはあり、荷物もあって、このときになってやっと安堵すると同時にどっと張り詰めていた気持ちも緩み疲れが出た。空港を出ると熱風に襲われる。暑い。砂漠の町だった。すでに暗くなっていたが、このころからやっと日中の暑さから解放されて、人々は動き出す。

今ごろはバンクーバーについているはずだったのに、見知らぬ所で一夜をすごすこととなった。乗り継ぎだけのはずだったのに。

ネットでの航空券予約は、コンピューターでは時間があえば可能とされるが、実際には乗り継ぎ時間は、検査時間など2時間はみなければ不可能というネットの盲点も知らされることとなった。

このことがあってから、また飛行機に取り残されるのではとびくびくしてしまうのだった。


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 ロサンゼルス

  • 2011/07/14(木) 03:30:34

アメリカへ。シンガポール航空で成田出発。 


搭乗待ちのとき撮った写真。

到着


入国審査へ


ロサンゼルス空港のゲートを出るとバーがあった。


レンタカーを借りにバスへ乗り換える。




レンタカーの申し込み

ホテルへ到着



部屋

 アメリカロサンゼルスに来て、今日で9日。日本のあのジトッとしたモワーとした暑さから解放され、暑いとはいっても実に過ごしやすい。ロサンゼルスは一日の中に四季があるといわれるほど、日中は暑いが夕方から夜にかけては半袖では寒いほど。

食事で困ることはないが、私のジャパニーズ英語はまったく通じないし、何を言っているのかもわからない。特に、ロサンゼルスはメキシコやスペインからの労働者が入り込んでいるので、地域によっては英語も通じない所がある。


戸惑うのは、レストランの食事。チップを会計時に含めて、テーブルチャージするようになっている。勿論、ハンバーガーショップなどでは、チップの心配をすることはない。


食事も売られている物も量が多く、日本のような単世帯向けに少量パックなどない。

 日本では、どこにいても当たり前のようにあるウオッシュレットが、ここにはない。トイレ文化は、日本の方が進んでいるようだ。勿論、高級ホテルにはあるのであろうが。



着いた日に食事に行ったデラモのショッピングセンター。行ったらもう閉店間近で、このお店(中華レストラン)だけがやっていた。

 



帰りにラルフで買い物



ボールペンのビックのかみそり

10日間ほど滞在したホテル。キッチンもあり、アメリカ人が長期滞在などに利用する。
 




ロサンゼルスへ着いた翌日に行ったベニスビーチ。























































 






パーキングとナビ
ロサンゼルス パーキングメータの使い方 リトル東京にてUST版








ロサンゼルスの信号
ロサンゼルスのハイウエーに入るときの、一台ごとに変わる信号



デズニーコンサートホール






駐車場の屋根が太陽光パネルに



花屋街
英語が通じない店がほとんど。ロサンゼルスでしゃれた可愛い花屋さんというのをほとんどみかけなかった。スーパーの片隅に置かれていたりすることがほとんど。たまたま通りかかったこの通りは、花屋さんばかりあるが、メキシコ人なのかスペイン人なのか英語は通じず、同じ民族がかたまって住んでいるようだった。あまり豊かとは思えなかった。



リトル東京で。

ミュージアム



 
 爆発事故で亡くなった宇宙飛行士の鬼塚さんの記念碑のロケット取り付けをしていた。











一番、有名なハリウッド近くのファーマーズマーケットは映画産業が中心のショッピングセンターのフードコートのようになっていた。










7/8 ショービジネスに取り込まれたファーマーズマーケット





 また地元のトーランス市のファーマーズマーケットやいろんなフリーマーケットを見た。 フリーマーケットではロサンゼルスでは一番大きいローズボールや古くから続いているローディウムのフリマも見た。












ローズボールのフリーマーケット




やっぱり一番よかったのは素朴なトーランス市のファーマーズマーケットだった。


トーランス市 素朴なファーマーズマーケット UST版




住宅街でリス発見



トーランス、アメリカ平均的な家庭


トーランスからグリフィス天文台へ






グリフィス天文台からの夜景







ハリウッドへ

チャイニーズシアター






日本人の住むのは、リトル東京やトーランスあたりだが、今はもう日系人も何世にもなっているので、あまり日本人だけがかたまって住む必要性がなくなり、リトルタウンあたりもなんかさびれていた。

日本のうどん・そばを久しぶりに食べた。


ステーキは高いので、ランチメニューで!



韓国人の住むコリアンタウン、チャイナタウンなど、それぞれの民族の集まるところがある。今、日本人の経営するスーパーなどがみな韓国や中国に買収されている。
コリアンタウンのスーパーで韓国料理


ロサンゼルスでは、食べようと思えばあらゆる国の料理が食べられる。
ハリウッドは日本の新宿歌舞伎町のようだった。


駅に行く。改札がなく、ホームまで入れる。















駅構内にファミリーマートがあった。いすなどおちついて座れ、天井も高くてとても駅とは思えない。荘厳な建物の中にいるようだった。

駅の周辺

アメリカで見かけたしゃれた住宅。そう、あまり猫を見ない。キティちゃんはいっぱいいるけど。
りすを見かけてびっくりすることも。


ずいぶん住宅が売り出されている。


引越し屋さん


ガレージセール


服部さんの住んでいたアパート近く










Mr.ピクルスくん




ベジタブルグリル
パンが美味しかった。




服部さんの勤めていたピアレス辺り






リスを追いかけて



ガーデニング店をチェック。



ローズボールからパサデナへ


辛いアイスキャンデー












パサデナの本屋さん。あっちこっちで座り込んで読んでいる。

ビバリーヒルズからの夕陽



7/8 これからの日本のスーパーマーケット




7/13 トーランス市 夏祭り 東日本災害支援











ロサンゼルス 超豪華な3000円ステーキコースランチ フレミングに





ロサンゼルス マイクロソフト パートナー会議のホテル マリオットUST


ロサンゼルス パーキングメータの使い方 リトル東京にてUST版


トーランス市 豊かな中間層の住宅地 UST版



パロスバーデスの丘で夕陽の沈むのを眺めて


野茂も暮らすパロスバーデスの丘 UST版 


夕暮れ時のパロスバーデスの丘 UST版





















CH(海岸通り)にあったタイタイニにて UST版


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