高齢者問題

  • 2010/05/29(土) 01:48:24

 
母を家まで送って行き、妹の家で母の今後について区の介護福祉士から紹介された所へ電話をしたりしながら夕方まで相談し、帰宅。

母の家の近くで、ひとり暮らしの老人の家で火事があったということを聞かされ、高齢者問題は「核家族化の負の部分」としてこれからの日本にとってのしかかる大きな問題となると思えた。

 大家族の時には、子供の世話もお年寄りの世話もすべて家族の中で処理されてきた。子育てを終えた主婦が今度は、お年寄りの世話をするなど、誰かの手がいつもあって、また、村の中での助け合いができるつながりもあった。

 それが、核家族化され(これは政府の税収入を増加させるためにも推奨されたという)、こどもの世話も夫婦、子どもが離れていって夫婦だけになり、やがて老いれば老々介護という現実が待ち構え、そしてどちらかが亡くなれば孤独死という問題も起きてくる。

子育て、老々介護、独居老人などなど、そのどれもが行政の力を得ねば成り立たないシステムとなっている。

 ところが、この核家族化の負の部分について、政府の対策はなおざりにされてきた。核家族化と同時に進めなければ追いつかないこの問題を、少子化という問題、孤独死という問題などが現実となってから、あわてて何とかしようとしても、その効果があらわれるのには何年もの月日がかかる。

 しかし、現実はのんびり待ってはいられないぐらいのスピードで、我々の生活にのしかかってくる。

よっぽどの高額所得者でないかぎりは、行政の援助がなければ子供を生み育てられない、老後を安心して暮らせないどころか生命の危険にもさらされることとなる。

 政権が代わって、やっとこの負の部分に光があてられたかに思えた。が、何年もなおざりにされてきた今、何もかもが手遅れのように思えて、母だけの問題ではなく、私自身のこれからの人生も不安にさせられる。

 練馬区の教育分野の会議で、このことについてはこれからの課題として発言したが、行政側はあまり重大な問題として捉えておらず、「糠に釘」状態だった。

これから高齢者問題は、子育て以上に大変な社会問題となってくるだろうと思えた。


 帰宅後、仕事帰りの友人と早稲田通り沿いの「デニーズ」でお茶。


母のことなど抱えている問題をお茶を飲みながら話す。家に到着したときは、すでに日付が変わっていた。

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