政権交代して日本の進む道

  • 2009/09/29(火) 17:24:46

 母の東京都シルバーパスの更新に勤労福祉会館に付き添って、やはり更新におとずれているお年寄りの姿をみるにつけても、まだまだ母だけでなくこのような福祉行政を利用する者がいることがわかる。

 私のブログの「オバマの医療改革を支持する」では、アメリカの医療改革を例にこのように書いた。


『小さな政府のアメリカは、お金さえありさえすれば自分の身を守ることが出来るが、お金のないものにとっては最低限のセーフティネットによって守られることがない。

 自分の身は自分で守るしかない。

 アメリカンドリームという言葉があるように、億万長者になることもできるが、そんな者はほんの一握りに過ぎない。

 いつ病気になるかもしれないし、仕事を失うかもしれない。

 常にそれに対処できるだけの財産を持っていなければ医療を受けることも、生きていくことすらできないともいえる。

 日本の社会保障制度は、北欧などから比べればまだまだ足元にも及ばないが、それでも最低限のセーフティネットによって国民は守られているといってよい。

 そういう意味では、憲法に言うところの「第二十五条 すべて国民は、健康で文化的な最低限度の生活を営む権利を有する。」によって、救済されているといえる。

 それからすると、アメリカに比べれば、日本は大きな政府といえるかもしれない。

強い者だけが生き残れる。お金がある者だけが生き残れる。

 それが今までのアメリカだったかもしれないが、弱い者が安心して暮らせる国はどんな者にとっても安心して心豊かに暮らせる国だと目覚め、弱肉強食の競争国家から人間へ投資することにより長期的安定国家の礎を築くことを求めたともいえる。』


 それまでの小さな政府のアメリカから弱者も救済していこうとするこれまでよりは大きな?(中程度?)政府のアメリカへのと変わる中、日本は小泉改革以降、定率減税を廃止したりして、まさに後期高齢者制度や派遣法など、弱者を切捨て、企業へ丸投げし、国有財産をただ同然で売却しようとする小さな政府へ向かおうとした。

 特に定率減税の廃止は、サラリーマンだけでなく、個人事業者など所得税を負担するすべての国民に同様にふりかかり、高額所得世帯ほど増税率が小さい一方、中低所得世帯は25%増の大幅な増税になる。

 つまり、「痛みに耐えろ!」という一方、高額所得者はかなり優遇されるように便宜をはかられたのが、金持ちには優しく一般庶民には厳しかったのが、小泉改革だったといえる。

 痛みに耐えっぱなしの国民は、仕事を失い、家を失い、払ったはずの年金が消され、政権交代という道を選んだ。

 誰もが戦争中の軍国主義のような言論の自由もなく皆が一律に同じ行動をとるような大きな政府はいやだとしても、生きていく上で老若男女誰もが生き安く、安心して暮らせる福祉行政やセイフティネットを削られては困る。

 自民党政権では産業に依存した小さな政府しか望めない。

 「最低賃金を上げるとか、こども手当てとか、温室効果ガス25%削減とかできもしないのに大ぼら吹くな」とか言う者に私は猛烈な怒りを覚える。

 世界の流れは、「できるかできないか」を問うのではなく、「YES、WE CAN」私達はできるんだと進んでいる。

 できなければ政権が変わればよい。ただそれだけのことだ。

 シルバーパスの恩恵を受けずにいるお年寄りもいるし、年金に頼らない老人もいる。

 経済的に豊かな者は、「政府の福祉政策にお金を使うなど」と言うかもしれない。

 しかし、どんな生活のレベルの者も憲法の保障するように生活できる日本の制度を壊そうとした小泉改革から脱却して、新政権は国民のための政治を進めて欲しいと思わずにはいられない。

 民主党を中心とする新政権の前途は多難だろうが、ぜひとも税金の無駄を排除し、私達の生活と真面目に生きている人間をおろそかにしないでもらいたい。

 今私達は新政権に期待を寄せている。

 そして、オバマ大統領の「YES WE CAN」以来、国民はマニフェストを実現するためには、メディアの取りあげ方にかかっているとみている。

 世界に向けての日本からの発信が、日本だけでなく世界を動かすうねりとなるかどうか。

 もはや、民主党か自民党かの問題ではない。

 鳩山演説後のドル売り円高は世界の国々からも期待されていることへのあらわれとみる。

 民主党内の重箱の隅をつっついておもしろおかしく報道する低次元の報道はやめてもらいたい。

 「テレビで一億総白痴化」時代などとんでもない。

 テレビというメディアのあり方が今問われている。

 マスコミがマスコミの首を締めぬようあってもらいたいと思う。

 日本という国が国民を大切にしながらマニフェストを実現し生活が豊かになったら、その時は日本という国が世界中から認められ評価されたということになる。

 イタリアでの泥酔会見をはじめとし、政治が停滞して国際的な評価を落としている日本という国の再生のためには、国民もメディアもいっしょになって進んでいかなければならないと考えている。

日本のメディアがどのような報道をするのか、どうか世界中の国々は見ていて欲しいと思う。

 

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