アメリカ・カナダを旅して思うこと 2、観光都市バンクーバー

  • 2011/08/21(日) 08:51:51

2、観光都市バンクーバー
 
 外国人旅行者にとって、カナダのバンクーバーという都市の徹底したサービスや案内には驚かされるばかり。

バンクーバーオリンピックが開催されたということもあるからか、切符を買うのにも、日本語の案内があったり、空港の入国審査を終えて、ゲートを出ると、ホテルのフロントのようなホテルやバンクーバー観光について聞ける大きな観光案内所や、「?」というマークのある案内所があり、どんなことも聞けるようになっている。これだけでも、バンクーバー、さらにはカナダという国が好印象で受け止められることは間違いない。


「?マーク」の案内所は、この動画にあります。



世界で一番住みやすい国というのも、うなずける。空港のゲートを出て、カナダの国に入ったとたん、すぐに何でも聞けるところがあり、これによって旅行客は、不安がなくなり、この国によって守られていると感じる。こじんまりした都市の中に、山あり、海あり、本当に美しい都市だった。森林を利用したキャピラノ渓谷は、自然を壊さずにその魅力を充分伝える工夫がされ、これは日本の観光地も取り入れられると思った。


 荷物がなくなるというハプニングへも、空港職員が探して、ホテルへ届けてくれるという。さらに空港の観光案内所では、ホテルのある場所は、危険な所にあるから絶対あたりを歩かず、タクシーでホテルまで直行するようにも言われた。食事も空港で済ませていくというアドバイスも受けた。

アメリカの空港は、合理化され、機械処理がほとんどで、尋ねようと思っても聞ける人がいない。戸惑う観光客の姿も随分見られた。アメリカの航空会社は、バスや電車の駅と同じように思えた。

それに比べて、カナダの空港はどこでどんな困ったことがあっても、聞ける航空職員がいる。バンクーバーからニューヨークへ移動する日、服部さんがホテルの鍵を空港まで持ってきてしまうということがあった。

ホテルに電話すると郵送するように言われた。空港に送迎しているようなホテルでは、いつも空港に誰かは来るのだから、観光案内所に預けておくように言うのが普通だろうと思えたが、このホテルは、そのようなホテルではないし、空港職員からもあまりよい印象を受けていないようなホテルだった。

だから、郵送するようにと言ったのだろう。案内所で、郵便局を聞くと、空港地下にセブンイレブンがあり、そこへ行けという。その場所を聞くのに、通りかかった空港職員に尋ねると、セブンイレブンはただポストがあるだけだから、郵便を出すのは、空港から出て、郵便局に行かなければならないという。この時間はやってないという。

困り果てていると、その職員のピーターさんが事情を尋ね、話をするとホテルまで届けて下さると言う。搭乗時間が迫っている中、このご好意に甘え、お礼もそこそこにゲートに入ってしまったが、このときほど人の優しさが身にしみたことはない。このときのピーターさんと服部さんのやりとりは、何ともいえぬ漫才を見ているようなおかしみがあり、不安でどうしようかと思っていた私にとっては、バンクーバー空港の職員の暖かさに、最後の最後までバンクーバーのすばらしさが印象に残った出来事だった。

ピーターさん、ありがとうございました。

 1のところで書いた、バンクーバー空港のUSエアウエィズの職員で日本語で応対して下さった愛さんといい、ピーターさんといい、アメリカのようなお金でサービスが得られる国とは違う充実したカナダの観光客への対応に、バンクーバーが世界一住みやすいと言われる理由もわかったような気がした。

カナダでの入国審査の所にいた中国人職員に中国人と間違えられてか、いきなり中国語でまくしたてられ、どなりつけるようなその失礼な態度にあまりいい感じがしなかったが、その後の多くの空港職員たちの観光客を思う対応にそのときの不安はすっかり消え、この国への印象もすっかり変わったのだった。

 
 ロサンゼルスから成田に着いて、成田空港を見たとき、何とも無機質な冷たい空間のように思えた。壁の色などにもよるのだろうか?着いた時間が遅かったせいもあるのかもしれないが、バンクーバー空港の暖かな落ち着いた雰囲気からすると、なんか寒々としているようだった。「?」のコーナーや案内所もあるのだが、何かどこかバンクーバー空港の暖かさとは違うように思えた。

 また、バンクーバーでは、シーバス(船)などの券売機にも日本語があり、驚いた。切符を買うことがとても大変だっただけに、これにはとても救われた。

また、空港から出ているカナダラインというモノレールや、シーバスなどで改札も、切符をチェックされることもなかった。入るときと出るときにチェックする日本と比べれば、実におおらかといえた。

京都の人が観光客に親切なように、バスの運転手さんも、観光客とわかると無料パスをくれたり、とても親切だったが、ホームレスが乗ってくると厳しく対応し、もめるとすぐ警備員がかけつけたのにも驚いた。

 アメリカやカナダでは、乗車運賃は駅ごとではなく、大きく3つに分けられていた。ニューヨークの地下鉄は、今まで書いたように、土日は工事で運休になったりしても、それを知らせる掲示すらない駅もあり、待たされるだけ待たされた挙句に運休と知らされることもあった。

駅の構内もホームも蒸し暑く、人でごったがえし、改札も旧式の機械で、切符の磁気が読み取れず、つっかえることもしばしばだった。ニューアークペンステーションからワールドトレードセンターまでのパストレインという地下鉄の改札だけが、日本の改札と同じようで、これは公営の港湾会社の経営だからか新式の改札で時間にも正確だった。

ニューヨークの列車アムトラックのこともすでにニューヨークの所で書いたけれども、ニューヨークペンステーションで列車を待っていても、入る直前になってもどこのホームに入るかが確定せず、大勢の乗客が構内で待機し、発表になると、ゾロゾロとホームへ移動してゆくのにもびっくりした。

しかも、この待っている場所が暑い。日本のような交通システムに慣れていると、とても耐えられないのだが、みなこんなものだと黙って耐えていた。

 ニューヨーク市内観光バスの猛暑対策をしない赤バスのひどさや、ロサンゼルスの公営バスに待たされることについてもすでに書いたが、やはり日本と違って、この広いアメリカでは、車のないバスや電車を利用する者は、貧しい者と位置づけられ、これら人々はただただ待たされることに耐えている。

ニューヨークの人と車がごった返す喧騒を、ある人が戦後の混乱に似ているといったが、ここでは信号に従う人が皆無だった。混乱の街ニューヨークは暑く、いるだけで疲れ、ニューヨークからロサンゼルスに着いたときにはなぜか人心地着いたようだだった。

ただ、セントラルパークでは蛍が見られたのは感激で、夜もとても治安がよかった。サイクリングをしたり散歩をしたり、都会のオアシスだった。

 旅のハプニングは、トランクがなくなっただけでなく、飛行機の乗り継ぎでのれなかったということもあった。

ネットのエクスペディアの予約では、時間さえ合えば発券予約してしまう。乗り継ぎのための搭乗移動や荷物検査やボディチェックの時間など考慮されてはいない。その結果、乗り継ぎ時間20分で、フェニックスで乗り継ぐというチケットで搭乗することとなった。

このエクスペディアでの予約の注意もさることながら、フェニックス空港では、それにデルタ航空職員のいい加減な対応により、不安のどん底に突き落とされるということにもなった。

ロサンゼルス空港からバンクーバーに移動する日。朝、9時前にロサンゼルス空港にホテルから着き、ほとんど空港職員がいない中でのデルタ空港での機械での発券に手間取りながらも、なんとか無事搭乗。

直行便が高いので、どうしても乗り継ぎ便になってしまう。どうしてこんなに航空運賃は高いのだろう。運賃の他に燃油代というのが、同じぐらいかかってしまう。格安航空に殺到するのもわかるような気がする。同じアメリカなのにロサンゼルスからニューヨークでさえ、片道乗り継ぎ便で5万円以上する。もっと安ければ、気軽に旅行もできるのに。ただ、安くて安全でないのは困るけど。

フェニックス空港で、航空職員に聞いて何回もパスポートと航空券を見せなが指示を受けて別のゲートへ案内され、荷物検査やボディチェックも済ませて、搭乗しようとすると搭乗口がなく、別のターミナルだと気づいて全力疾走したが間に合わなかったことは、「フェニックス」の所で詳しく書いた。

http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-1353.html

しかも、搭乗口の戸が閉められたデルタ航空のあたりには職員は誰もいず、聞くに聞けず、飛行機にも乗り遅れ、見知らぬフェニックスという砂漠の町に取り残され、途方に暮れてしまった。治安の悪い所だったらどうしようと思うと、恐怖感はピークに達した。幸いにも治安のいい所と聞き、ほっとしたものだった。

この私達にホテルや翌日の航空券などの手配をしてくれたのは、デルタ航空ではなく次に搭乗するはずのアラスカ航空の職員だった。この日、フェニックスとシアトルで乗り継ぎ、バンクーバーへ行っているはずだったのに、フェニックスという見知らぬ町に取り残された私達の事情を聞いて、とりあえずのホテルや残されたトランクを探してくれたのもアラスカ航空の職員で、デルタ航空の職員はどこにもみかけなかった。

デルタ航空とアラスカ航空は、提携しているから手配してくれたということはあるかもしれないが、飛行機が飛び立っても、トラブルはあるはずで、デルタ航空の職員はどこを見渡してもいないというのも不思議だった。

 行きの成田からロサンゼルスから搭乗したシンガポール航空に対する不信感は帰りのシンガポール航空の日本人スチュワーデスのすばらしいサービスで払拭されたが、このデルタ航空に対する度重なる失態と不信感はいつまでもいやされず、どんなに安くても、デルタ航空には乗りたくないと思ってしまう。

自分の国を離れ、異国の地にいると、ちょっとしたことで不安にもなり、感激もする。この旅を終えて、日本の駅の切符売り場などで困っている外国人を見かけたら、まわりの人のちょっとした心遣いで、日本への印象も変わるものだと、何か力になってあげられればと思っている。

                       (つづく)

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