ニューヨーク 6、ワールドトレードセンター

  • 2011/08/20(土) 09:11:43

ワールドトレードセンター

 このニューヨークへ来た目的のひとつに、9・11のグランドゼロを訪ねることがあった。この地は、今年の9・11に向けて、メモリアルセンターの建設が進められていた。





9・11へ向けて着々と準備が進められている。
工事中で、崩壊したビルのあたりは、姿を変えつつあった。



この周りをまわったときに、なぜか鳥肌がたった。

何だかまだ成仏できない霊があたりをさまよっているようだった。

このメモリアルセンターの建設と、ビンラビィンの殺害により、何もかもが過去になり、蓋をされることを悲しんでいるようでもあった。何ということのできない思いを感じて、この日は帰った。しかし、それからこのことが気になった。このままニューヨークを離れることにひっかかりを覚えた。

そして、ニューヨークを離れる前日、再びこの地を訪れた。カナダのバンクーバーで日本に送ろうとした絵葉書を、この地で眠る人たちへ送ることにした。

メッセージを書き添え、切手も貼って、殉職した消防士のレリーフの慰霊のところの柱にその絵葉書を結びつけた。一握りの権力者おために犠牲になるのは、いつも市民で、人生も幸せも奪われていく。




遺品などが展示されている所






亡くなった人たちに家族があれば、その不幸は家族にも及ぶ。アメリカへ経つ前の日本は、原発と放射能に揺れていた。しかし、アメリカで過ごす一ヶ月が終わろうとしている今も、ツイッターではまだ同じ内容が語られている。お盆までに仮設へ入ることすら無理だという。

9・11も原発も、そして原爆も、いつも泣いているのは、まじめに一生懸命生きてきた市民である。

戦争の20世紀から平和の21世紀となるはずが、今もまだ世界中で争いが続いていて、犠牲となる人たちがいる。

ワールドトレードセンターを訪れ、いつになってもこのことを忘れず、胸に刻みつづけることが、原因を徹底的に追及することが、これらの人たちの死に報いることとなるのだろう。新しいビルが建設され、追悼と言う言葉でうやむやにされることでは何もこれらの死は、報われないだろうと思った。

何か言葉にならぬ釈然とせぬ思いのまま、亡くなった方の遺品などのある所へ入った。多くの悲しみが私に乗りかかってきたようだった。

ビンラビンの死で終わったのか。

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