日本では報道できない震災の裏側

  • 2011/05/20(金) 12:37:11

 おカネより命が中心の政治が、今求められています。
http://nvc.halsnet.com/jhattori/green-net/index.html

 コミニュティが失われないよう、町や村単位でまるごと各都道府県へ集団疎開し、それを国が経済支援できるようなプロジェクトが実現しないかぎり、バラバラにされた住民は、さらに孤立することになります。


 これから挙げる動画をぜひ見てもらいたいと思います。震災の真実がえぐりだされています。

http://youtu.be/MVKWtxXtZ3E



http://youtu.be/OnfQL2G-44s



やっと大手メディアも報道しはじめた!テレ朝がんばれ!
(原子力発電コストは以前から実は一番高かった!という経産省、東電、そして自民党政治家のウソをばらしたテレ朝モーニングバードだが、でもまだ判断基準は命よりお金なのか?)
 でも小出助教授には失礼だなー、と思いました。
なぜって、原発の値段が実は高かった、とわかったら、もう小出先生の話も打ち切って、その真実を確かめるために次の立命館大学の先生に聞きに行ってるものですから。結局、被爆した住民の健康や命より、いかに原発が高いものかがわかって、その方が気になったのです。福島の人たちの、特に子供たちの命より、お金の方がきになったのでした。
 この人たちってジャーナリストではないな、ってこともよくわかりました。上から言われたことをただ垂れ流すだけのロボットにすぎないのですから。そもそもテレビ局にジャーナリスト精神を期待すること自体が誤りだったこともよくわかります。これまで、ちょっと疑問をもち、ネットで調べたらわかるようなことを調べもせずに垂れ流す、洗脳マシンの手先だと思えるぐらいですから。
 当然、番組制作者などは本当の真実を以前からつかんでいるのでしょうから、このような話のもっていきかたも見え透いてる、というか、いやらしいやり方で、だまされていたのはマスコミ自身だった、と最後は暗に主張してマスコミ自身を擁護しているのですから。

http://youtu.be/WIPfHUdT0_Y




「子どもを守りたい〜年7ミリシーベルトの被曝で息子を失った母、語る〜」
 子供の20ミリシーベルトの撤回を!

 本当に子供やこれから生まれてくる命に対しては守っていく義務が私たちにはあります。

http://youtu.be/ZHicPbg5Luw



 原子力発電所のまわりでは白血病の発症率が高いことが疫学的調査で既にわかっています。
 その因果関係を追ったドキュメンタリーで、日本語字幕つきです。
先にもあげたように町や村単位でまるごと各都道府県へ集団疎開する必要があるでしょう。

http://www.youtube.com/playlist?p=PL9087D5A98EAB38E6



説明:
2006年に、ドイツのテレビ局 ZDF で放映されたドキュメンタリーです。 この動画を見ていただくと、ドイツの政治家、権力の側にいる人たちが、嘘をついたり、しらを切っり、事実を隠蔽したり、見て見ぬ振りをしているのが、よくわかると思います。

原子力産業と政府の癒着体質は、どこの国でも同じなのかもしれません。 エルベ地域の人たちの戦いは、今もまだ終わっていません。

投稿者はハンブルグの小児血液腫瘍科病棟に行ったことがあります。たくさんの子どもたちが、長くて辛い治療の日々を送っていました。 ニコルのように治療がうまくいく子もいれば、天国に行ってしまった子もいます。 助けられる命は助けてほしい。

福島の子どもたちを安全なところに連れて行ってあげてください。 政府は避難命令を出すべきだと思います。でも、それを待っていたら、時間がどんどん過ぎていってしまいます。 どうか、一刻も早く、放射能から逃げて下さい。

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地方選に立候補して 5、選挙を終えて

  • 2011/05/20(金) 10:21:01


 一週間続いた選挙も、光が丘の演説でフィナーレ。翌日が投票だったが、あまり結果は気にしていなかった。思い立ったのも急だったし、地盤・看板・カネのない者が挑戦するなど、無謀としか思われないことだった。

息子は気持ちよく了承してくれたが、身内に反対がなかったわけではない。選挙権が、日本国憲法の「国民主権」原理に立つ国民の基本的な権利行使であり、認められなければならない最も尊重されるべきことだとしても、今の日本では政党に所属しない一市民が立候補など、正気の沙汰ではないとしか受け取られない。

国民主権という戦後憲法の民主主義は、今だ戦前の日本の政治や国を国民が積極的に参加することによって変えていくという意識にまで高められずに、間違ったマスコミからの情報を鵜呑みにし、コントロールされ、気づいたときには国民の命が守られないという悲劇が繰り返されるのだ。

国民に主権があるのに、国民が立ち上がったときに報道しないマスコミ。検察のリークを垂れ流し、真実を追求しようともしないで、冤罪に加担する。

 この選挙立候補は、まさにもっとも身近な区政という行政決定に携わる議員の資質を間近で見ることができた、とても貴重な経験だった。

言い換えれば、政党政治に依存することによって、議員がどれだけ真剣に区政を区民のために変えていこうとするかより、政党の利益だけが優先されていく。

高い税金を払いながら、これでは区民は浮かばれないと思うことが度々だった。

 震災があり、友達も書いてたような
「この統一地方選挙で原発を争点にさせない、マスコミ・自民党(アメリカ)の意図」がうまく働いたせいか、
http://rakusen.exblog.jp/14637086/
現状を変えないという方向に区民の意思が向いてしまい、無所属の新人(政党の隠れ無所属は除く)には厳しい選挙だった。私のような得体の知れない「ネット市民」などにも警戒感が働き、震災時には今までの既成政党が頼りになると思われたのだろう。

 わずか600票余りの結果だが、私を支持してくださった、これらの人々には、感謝の気持ちでいっぱいです。期待には答えられなかったですけれど、私はこの選挙戦を通じて、本来の目的であった真実を伝えるということは果たせたと思っていますし、わずかの方々かもしれないけれど、あの女子高校生の手紙と思いを伝えられただけでもよかったと思っています。

普通の市民のデモ同様、何の利権ももたない市民が声を上げることはとても難しい。

国民に主権があるといっても、民衆革命もなかった日本において、国民の命を国民が守るために立ち上がり、国を変えていくことは本当に難しいことです。

私の立候補も、市民デモのうねりと無関係ではありません。市民が国を変えていく!その小さな声が大きなうねりとなりつつあるということかもしれません。

 それにしても、もっと票が取れるかなとも思ったのですが、息子いわく、「一桁でビリかと思ったのによくもそんなに取れた」と言われ、そんな見方もあるのかなとも思いました。

法定票を得ることができて、供託金も返ってきて、ポスターや運転手代、選挙カーなども公費で負担されるということになり、選挙後も収支報告書提出に追われ、ポスター業者や区役所へ行ったりで忙しくすごし、今やっとすべての書類提出を終え、安堵しているところです。

 区議に立候補するには、30万円の供託金を準備しなければなりませんが、これは票が達すれば還ってくるし、そのほかも公費負担されるので、最低限の準備で済まそうとすれば、それほどお金はかかりません。ただ、ポスター貼りをどうするかは考えておいた方がいいと思います。

 たった一週間で伝えることは新人には難しいので、これからはできればブログやツイッターぐらいは、選挙期間中も許されることを望みたいと思います。

できるだけ多くの区民が区政参加し、区民本位の政治を取り戻し、政党の上にあぐらをかいている区議たちを目覚めさせることも、これからの地方自治には求められることでしょう。

 あっという間の選挙経験でしたが、これは私の人生にとって忘れることのできないことでした。極度の人間不信から立ち直れたのも、常にどんなときも寄り添ってきてくれた友達と、日々書きながら私を支え、背中を後押ししてくれたブロガーたちでした。

ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

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