わかりやすい藤田祐幸氏 原発事故講演

  • 2011/03/29(火) 22:41:50

 「ねこの道しるべ」ブログさんが私のブログを紹介して下さっているというので見たところに、藤田祐幸氏の原発事故についての長崎の講演があった。鹿児島私議の 小川みさ子さんのメルマガで知ったといい、これを見て、とてもわかりやすく、現状と今後どのようにしていくのかということまで述べられていて、とても参考になった。

藤田さんは、スリーマイル島原発事故をきっかけに放射能と人は共存できないと実感し、金属科学者をやめ、原発問題を扱う市民科学者の道を選ばれ、最も危険と思われる浜岡原発から離れるために、九州に来たということでした。

原発の危険性について講義しているために、左翼の活動家というレッテルを貼られ、様々な圧力も受けたようです。しかし、この講演を聞いていると、原発の危険性ゆえ人類と共存できない存在として、なんとしても脱原発を浸透させようと今日まで頑張って来られたということがわかります。

今日と同じ明日が来ると思える幸せの日が、また来ることを願いながら、この事故後の対処方法など、とても有意義なYOUTUBEの内容を無駄にしないよう、多くの方が見て、拡散できればいいなと思いました。
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恒例の放射能汚染注意報(今回は正確さで定評のあるドイツ気象庁から
http://www.dwd.de/bvbw/generator/DWDWWW/Content/Oeffentlichkeit/KU/KUPK/Homepage/Aktuelles/Sonderbericht__Bild5,templateId=poster,property=poster.gif

インターネットエクスプローラで見る場合、ESCキーで停める事ができます。リロードでまた再開できます。

 さてこれによると、31日(木)の午前3時(真夜中)からお昼すぎまで、
放射能汚染が関東地方に広がるでしょう。朝の通勤時、マスクをするのをお忘れなく。
(UTC時間を日本時間に変換してあります。なお放射能予報に関しては素人ですので、間違っていた場合はコメント欄などでご指摘ください。)

31日(木)の午前3時


31日(木)の午前9時


UTC時間と日本時間の換算表
(上記はあくまでUTC時間なので日本時間への変換が必要)

http://www.alpha-net.ne.jp/users2/gota/howto/time.htm


関東各地の放射能水準の可視化

(一目瞭然でよくわかる!文部科学省の観測データを元にしています。
汚染がひどかった茨城県の東海村のデータが今日はなくなりましたけど、何らかの意図があるのでしょうか?)

http://microsievert.net/
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http://www.wasedajuku.com/wasemaga/good-professor/2001/02/post_34.html
ねこの道しるべ
http://nekomichi.synapse-blog.jp/blog/
藤田祐幸氏 講演

2011.3.26

鹿児島市議 小川みさ子さんのメルマガで知りました。
とてもわかりやすかったです。

藤田さんは、スリーマイル島原発事故をきっかけに
放射能と人は共存できないと実感し、
金属科学者をやめ、原発問題を扱う市民科学者の道を選択されたそうです。

「人が生きるために必要なのは、
 水と空気と大地である」
という言葉が心に響きました。

必要なものは、すでにあるのに
私たちは何を求めてここまで来てしまったんでしょう。


YouTube: 2011 3 26 藤田祐幸講演長崎

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http://www.wasedajuku.com/wasemaga/good-professor/2001/02/post_34.html

藤田 祐幸 助教授
慶應義塾大学
法学部

藤田 祐幸(ふじた・ゆうこう)
1942年生まれ。66年、東京都立大学物理学科卒。72年、東京都立大学大学院理学研究科物理学専攻博士課程修了。72年より慶応義塾大学法学部教員、現在助教授。専攻領域は、エントロピー論および科学哲学。主要著作としては『エントロピー』(現代書館・85年)、 『ポストチェルノヴイリを生きるために』(お茶の水書房・88年)、 『知られざる原発被曝労働』(岩波書店・96年)、『脱原発のエネルギー計画』(高文研・96年)ほか多数

.夢だけでなくリスクも科学は語るべき


 慶應義塾大学の日吉キャンパスで「藤田先生の物理学」といえば、文系の学生の間でも非常に有名だ。まさに初めて「学問」に出会い、学問の「面白さ」と「厳しさ」を共通体験させてくれる凄腕の先生だからである。

日吉キャンパスに通う多くの学生にとって、「学問をすること」は初めての体験だ。「学問をすること」は与えられたものを理解して覚える勉強ではなく、与えられたものが本当に正しいのかどうかを疑うところから始まる。そして、藤田先生の語る科学の真髄を聞くことで、「学問をすること」の意味に学生は初めて気づく。それは、自分はどう生きるかという指針や選択肢を初めて手にするということだ。

教壇の上での藤田先生は、特に初回授業には驚くほど挑戦的だ。熱心な先生の声は自然と大きくなり、生徒は頭の中の天と地をひっくり返され、自分の中の基準を失うまいと、今まで信じてきた「世間」「常識」を後ろ盾に必死に先生に立ち向かう。学生は、口々に「先生の言っていることは間違っています!」「そんな事実は聞いたことがありません!」などと叫ぶ。

余裕の先生は、次々といろいろなデータを示し、「もっとよく自分で考えてみなさい」と追い討ちをかける。たちまち教室は大混乱だ。しかし、これはあくまでも先生の手の内。この怒りと不安が原動力と契機になり、既存の物事を初めて「疑う」必要性に学生たちは駆られるようになる。「いったい全体、何が正しいのか?」「何を信じればいいのか?!」

先生がこのような学問へのとば口を開いてくれるのは、主に物理、とくに原子力発電や環境負荷問題である。「昔は、反原発というだけで一律に過激派・左翼とされてね。内容ではなく、表面的な物事だけで批判されたものですよ」。そう語る先生が所属・支援する市民団体は数知れないほど多い。

教壇から降りた後の先生は、いつも穏やかだ。

「私には、一物理学者として科学研究への夢だけではなく、科学に伴うリスクを語る責任があります。同じ科学者の犯してきた過ちを見過ごし、隠すこと、それに無関心でいることは、人の幸福を実現しようとする科学そのものに対する冒涜(ぼうとく)です。それを市民・学生に伝えていく、そのために、私は市民や生活の中に根差した研究者という重要な役割を担っているつもりです」。

ここで言う科学者の犯した過ちとは、代表的なものとして、人々の中に誤った原子力ドリーム像を植え付けたことがあるという


.本当に原発しか選択肢はないのか?


ゼミ生となべを囲んで語らうひととき

原発反対などというと、「じゃあ、あなたは携帯電話も何もかもあきらめて原始的な生活に戻れというのか」といった反論がすぐに浮かぶだろう。しかしこれは、問題の本質を見ないまま反原発を唱える人々に過激派のレッテルを貼った一昔前の原発推進論者と変わり映えがしない。

マスコミなどでも十年一日のごとく「原発は危険か安全か」といったことがテーマとなるが、これもまた本質的な議論ではないという。問題の本質は、原発の持つリスクと人間が共存する必要があるのか、原発のリスクと人間が共存することを誰が望んでいるのかという点をこれまでまともに議論しないできたことにあるのだ。

原発のリスクには大きく二つあるという。

一つ目は、原発が事故を起こせばその地域一帯が壊滅的な放射能汚染に晒されること。事故の絶対起きないシステムなど科学的にはありえない。チェルノブイリ事故から約16年が経つが、事故現場一帯は日本列島の3分の1よりも広大な土地に、今も人が住むことができない状態になっている。「数十年の単位の話ではない。放射性物質の長いものは完全になくなるまで数万年もかかります。そんなにも長い間、子孫たちに罪を犯しつづけることは誰にも許されないはず」と先生は語る。


そして二つ目のリスクは、

この豊かな国ニッポンにおいても、原発などで日常的に労働者が被曝の危機に晒されていること。「そんな自滅的なシステムではなく、持続的な自然の循環のなかで生きる選択肢が、我々にはまだ残されています」


原発問題は一つの例に過ぎない。自分の耳に入ってくる情報が正しいのかどうか、疑問を抱くところから学問は始まる。事実がどうなっているのか常に見極め、情報の取捨選択ができるように自らの指針を形成する努力を怠らない。それでやっと、独立して物事を考えられうる人間になれる――藤田先生が熱く学生たちに伝えようとしているものは、これに尽きる


.文系人間でも科学の過ちを発見できる

「原発は、構造的に人に対して攻撃的です。また利益を受ける人とリスクを負う人が、都市の人と田舎の人とで異なるという構造も問題です」。なぜ利益を受ける人が多く、住む都市に原発を造らないのか? そんなことを疑問に思うことから事実は見えてくるのだという。しかし、最近の学生はそんな単純な疑問さえも浮かばないことが多いとも嘆く。

「みんな想像力が欠如しているのですよ。原発の知識をもっているかどうかは問題にはならない。人としての感性さえ持っていれば、その感性と照らし合わせて考えることで、科学的な根拠がなくても間違っていることは間違っているとわかるはずなのに。『理数が苦手だから文系へ進学した。よって科学者の言うことは何でも信じる』というのは非常に卑屈な態度です」

人間らしい感性さえ取り戻せば、科学者の言っていることの真偽はわかるはずだという。「近代科学は、たかだか300年の歴史しか持ちません。しかし、詩歌や小説の持つ歴史は何千年にも及ぶ。たとえば、科学の論文には主語『私』がないことが多い。だからこそ、自身の感性に照らし合わせて、『私』はどう考えるのかを見極めなきゃ…」。
先生の研究室の本棚には宮沢賢治の全集が並んでいる。

.こんな生徒に来てほしい

「現実問題として、大学は受験の終点だったり、就職への通過点であったりするかもしれません。しかし、大学は学問をするところであるということだけは否定しないでほしい。そして学問を体験することで、自分はどう生きるのかという選択肢をたくさん手に入れてください。そんな過程を体験する意欲のある人、そんな学生に来てほしいですね」。

先生は、このように即答してくださった。今年も、木曜日5時限目の先生のゼミは、そんな学生たちであふれかえっている。
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官報複合体による「人災」

  • 2011/03/29(火) 06:25:04

 ジャーナリストの上杉隆氏が、福島第一原発3号機が爆発を起こしたときから海外メディアは「メルトダウン」という言葉を使って当初から危機的状況と報じてきたが、枝野官房長官の発表では「メルトダウン(炉心溶融)はない」とこれを否定した。

政府は、地震発生直後から、海外メディアもフリーやネットの記者は、オープンになったはずの首相や官房長官の会見から、再び締め出した。オープン化された「定例会見」ではないというのがその理由で、「政府は結局、官邸官僚と記者クラブメディアに流され、フリーや海外メディアを遮断した。」という。

菅首相や枝野官房長官は、東京電力や官邸報道室から正しい情報を伝えられず、過小発表に終始し、記者クラブメディアは、事故が取り返しのつかない時点に至るまで、発表通りの報道を垂れ流すだけだった。

周辺住民の避難範囲についても、原口氏が原発の設計者まで同行させ、説得に当たって菅首相に「騙されている」と進言し、それによって情報を隠蔽されていたことに気付いた菅首相は、東電に激怒し、政府と東電が一体となった統合対策本部が立ち上がったことがわかる。


「東京電力と電事連(電気事業連合会)」は、記者クラブメディアの最大のスポンサーで、彼らに配慮して、東電を批判してこなかったメディアの責任が問われ始めた。いま被災地で待っている正確な情報と希望にあふれたメッセージに応えられるにはいつだろうか?

 風向きから放射能飛散を予想する「原発 緊急情報 29日と30日の被曝予想 」と、それがどのように地球の北半球を覆うかをあらわした「放出された放射能のシュミレーション映像(フランス気象庁作成)」、放射能の量を現す「関東放射能水準の可視化」と、ジャーナリスト 上杉隆氏の 『官報複合体が「人災」をもたらした』を挙げてみた。

30日は東京へも放射能が及ぶので(今の風向き予想では)、できれば出かけず、出かけるときはマスクをしたほうがいい。(時差もあるので、はっきりいつ頃かはわからぬが)

また、いくつかの心が落ち着けエネルギーとなるかもしれないと思えるようなYOUTUBEをアップしたので、気が向けばどうぞご覧下さい。  

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原発 緊急情報 29日と30日の被曝予想
http://www.dwd.de/bvbw/generator/DWDWWW/Content/Oeffentlichkeit/KU/KUPK/Homepage/Aktuelles/Sonderbericht__Bild5,templateId=poster,property=poster.gif
放出された放射能のシュミレーション映像(フランス気象庁作成)

風に乗って太平洋から米大陸を経てヨーロッパに拡散されていることがわかる



関東各地の放射能水準の可視化


http://microsievert.net/


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http://uesugitakashi.com/?p=481


ジャーナリスト 上杉隆
官報複合体が「人災」をもたらした


今回の大地震と、それに伴う原発事故の対応をめぐって、私は「人災」だと表現した。あえてそうした厳しい表現を取らざるを得ない事態に、直面していたからだ。
福島第一原発3号機が爆発を起こした3月14日、私は「親愛なる枝野官房長官へ」と題し、[長官の発表では「メルトダウン(炉心溶融)はない」とありますが、海外メディアは2日前から「メルトダウン」という単語を使って報道を続けています。ABCやCNNは誤報でしょうか。抗議はされないのでしょうか?]などの書き込みをした。

(週刊ポスト 4月1日号 3月21日発売)


政府は東京電力からの情報に基づいた過小発表をしていたが、海外メディアは今回の原発報道について、当初から危機的状況と報じてきた。中には行き過ぎたデマがあったことも事実だが、私はだからこそ、海外メディアも官邸の記者会見に出席させるべきだと考えた。

ところが政府は逆に、地震発生直後から、会見を閉ざしたのだ。フリーやネットの記者は、オープンになったはずの首相や官房長官の会見から、再び締め出されてしまった。オープン化された「定例会見」ではない、というのがその理由である。同様に海外メディアも会見に参加できなかった。

私は地震発生から連日、自由報道協会を代表してこうした記者たちの会見参加を要請してきた。なにしろ、テレビでは記者会見の映像を途中で打ち切ってしまうのだ。あるいは、テレビが見られない被災地もある。そうした人々のために、通信やソーシャルメディアが必要だと考えたからだ。

しかし、官邸からは「ダメだ」の一点張り。それなら、せめて海外メディアかインターネットメディアを参加させられないかと交渉したが、これも断られた(現在はともに許可されている)。友人の外国人記者たちは呆れていた。・・・・・<中略> ・・・・そもそも、会見の席は70席以上は余っているのだ。拒む理由などない。

だが、政府は結局、官邸官僚と記者クラブメディアに流され、フリーや海外メディアを遮断した。せめてもの対応として、官邸のツイッターを立ち上げたが、それも自由報道協会からの提案があったからだ。

原口氏が菅首相に直談判

それによって何が起きたか。

菅首相や枝野官房長官は、東京電力や官邸報道室から正しい情報を伝えられず、過小発表に終始した。記者クラブメディアは、事故が取り返しのつkない時点に至るまで、発表通りの報道を垂れ流すだけだった。その象徴が、周辺住民の避難範囲である。3キロ、10キロ、20キロと二転三転し拡大していったことが、住民にパニックをもたらした。・・・・・<中略> ・・・・

その異変に逸早く気が付いたのが、原口一博・前総務相だった。・・・・・<中略> ・・・・

原口氏は官邸に乗り込み、菅首相に「騙されている」と進言した。原発の設計者まで同行させ、説得に当たったというのである。それによって情報を隠蔽されていたことに気付いた菅首相は、東電に「いったいどうなってるんだ。連絡が遅い」と激怒し、政府と東電が一体となった統合対策本部が立ち上がったのである。

東電に配慮した記者クラブ

官邸と東電の対応を、ぎりぎりまで批判しないようにしていたテレビや新聞も同罪だ。現場の記者たちの尽力は認めるが、その報道に東京電力というスポンサーへの配慮がなかったとは言わせない。「東京電力と電事連(電気事業連合会)は、記者クラブメディアの最大のスポンサー。彼らに配慮して、東電を批判してこなかったメディアの責任は大きい」・・・・・<中略> ・・・・

いま被災地で待っているのは、正確な情報と希望にあふれたメッセージである。 (週刊ポスト 4月1日号 3月21日発売)


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きっこさんのツイッターで知った「ポジティブな名言集」のところにあったYOUTUBEの中からいくつかを紹介します。








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