TPP反対!田舎の小さな市民デモ

  • 2011/02/24(木) 21:56:31


 長野県中川村では、村長を先頭に、子どもをおぶったり、手を引いたお母さん、車いすの人、お年寄りから子どもたちまで、「TPPは地域を壊し、経済も暮らしも成り立たなくなる」と農業・農民団体、商工会、労組、女性組織などなど村のあらゆる階層が立ち上がり、アピールしたと言います。

それぞれが、TPPの導入を、自分の生活として考え、受け止め、行動を起こすことから、民主主義が守られ、人権が守られていくのだと思うのです。ただ、イラク戦争に唯一反対した県議会の知事が犯罪人に仕立て上げられましたが、あのときのようにならぬためにも、多くの者が声をあげなければ、村長もまた守られないと心配します。それほど日本には民主主義がまだ根付いていないのだと思ってもしまいます。日本の夜明けはこれからだと思える出来事でした。

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「特捜に罪人に仕立てられた福島県佐藤栄佐久元知事は唯一イラク戦争に反対した県議会の知事」
http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-949.html
「17なぜこの時期に小沢捜査なのか?福島県知事汚職事件で偽証の水谷会長追及の「株式探偵コナン」ブログと郷原 信郎 氏 」
http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-646.html

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日刊ベリタ
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「TPPって何なんだ」
村あげて「TPP参加反対」のデモをおこなった中川村の映像

 村あげての「TPP参加反対」のデモを2月20日に行った長野県中川村の映像がyoutube(ユーチューブ)で届いた。「TPPは地域を壊し、経済も暮らしも成り立たなくなる」と農業・農民団体、商工会、労組、女性組織などなど村のあらゆる階層が立ち上がり、村長を先頭にアピールした。子どもをあぶったり、手を引いたお母さん、車いすの人、お年寄りから子どもたちまで、手を振り歩いている。

(TPP反対の呼びかけ)======================
菅首相は昨年1 0 月に唐突に「環太平洋戦略的経済連携協定(T P P )」交渉への参加を表明し、6 月までに結論を出すと一貫して前のめりの姿勢です。

T P P は原則としてすべての品目の関税を撤廃する協定で、B S E の心配のある牛肉や遺伝子組換作物の自由化、食料自給率低下といった問題に留まらず、保健医療、政府調達をはじめ24 にも及ぶ多くの分野で米国基準が押し付けられ、国内法よりT P P が優先されることになります。国内経済、国民生活への影響は甚大で、特に農山村では、地域経済・集落共同体そのものの崩壊(「限界集落」化)が懸念されます。

こうした中、村では中川村全村を挙げてT P P 参加に反対する意思を発信すべく、各団体が実行委員会を組織し“T P P 参加反対デモ”を行うこととなりました。

「食」「文化」「暮らし」「地域の未来」を変えてしまうT P P 参加に反対するため多くの方の参加をお願いします。
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映像は下記で。














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アメリカ大使館デモに参加して

  • 2011/02/24(木) 10:14:09

 警察は市民を守る、検察は正義、裁判所は正しい判断を下す。こんな今まで当たり前だと思っていたことが、根底から覆されたこの何ヶ月かでした。そして、この「高江を守る」デモに参加したhttp://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-1178.htmlことは、そんな常識を覆されただけでなく、国家権力の恐ろしさを普通の市民が感じ得た出来事でした。

結論から言えば、言論の自由に多くの警官隊と公安を投入し、権力で弾圧しようとする軍国主義同様のことが、この菅政権になって起きているということです。思えば、人権をふみにじる検察の腐敗や捏造に今までだったら立ち向かうべきはずの社民党や共産党がマスコミと一緒になって権力と癒着し、小沢攻撃をしていることからもわかります。

市民が気づかずにいる間に、市民の言論の自由を奪う巨大な国家権力が出来上がっていたということです。そして、そのことに多くの市民が気づきはじめたということです。ネットやツイッターの普及が既存メディアの世論誘導を暴き始めたのです。

沖縄県の高江という辺野古からそう離れてはいない所で、たった160人の小さな集落に6つものヘリパッドをつくることに、地元の住民が反対しているということを、ツイッターで知りました。

それが紹介されているブログには、このヘリパッド建設は、地元住民との合意のないまま強行の工事をし、怪我人まで出ているということでした。住民が求めているのは、「自分の家で普通に暮らしたい」というただそれだけのことといいます。ヘリやオスプレイが飛べば、この安心して最低限の生活が保障されなくなります。

こんな小さな村だから、今までは権力で有無を言わせず行えたのでしょうが、ネットやツイッターで、全国に助けを求めることができるようになり、私も沖縄の知事公室へ電話しましたが、支援の輪が拡がりつつあります。

「このデモに参加して、この小さな村の住民の思いを一緒に届けたいと思っています。私ができることは、電話したり、デモの参加したりすることぐらいですが、この声に耳を傾けるようにさせることが、国民の生活を第一に考えた民主主義政治の第一歩だと思うからです。」

こんな思いで、参加し、「市民の思いをアメリカ大使館へ届けよう!」と、どの国も認められ国際平和を象徴することを表すよう万国旗や、毎月デモには四季おりおりの季節が感じられるよう花束を携えるのですが、今月は節分の豆まきを表す花束にアメリカ大使館が市民の願いを聞き入れてメッセージを受け取ってくれるようあれこれ私なりの工夫を凝らし、デモに参加しました。

新橋駅で降りると、駅前にSL広場という蒸気機関車のある広場がありました。

15時からのデモで13時30分からの集会というのに、13時近かったでしょうか、行ったときにはすでに人がずいぶん集まっていました。広場には、テントがいくつもあり、何かのイベントが行われているようでした。とりあえず、昼食を済ませることにしました。ついで、広場前の喫茶店でパソコンの調整をしていました。

すると、「ネットと主権在民を考える会」などでお会いする方が一人の僧侶を伴われて入って来られました。デモで時々お見受けすることがあります。日本山妙法寺の僧侶で、新鷲(ニューヨーク)・巣鴨に道場があるという名刺をいただきました。お茶を飲みながら、デモのことなどあれこれ話して、広場へ向かいました。



すでに多くの市民が集まり始めていると思ったのですが、後でこのほとんどが公安や私服警官であったことに気づきました。あたりを見回しながら、集会をしているところに向かおうとすると、先ほどの僧侶が「集合場所が近くの公園に変更になったと若者が二人公園の方に向かった。」というのです。何人かで、主催者らしき人に尋ねると、「おまわりがうそを言っているんだ!この場所でやる!」と言います。

なんだかどうなっているのかと思いながら周囲を見回すと、多くに警察官が交番あたりに集合しはじめます。何だか不穏な空気に胸騒ぎがし、どうなっているのだろうかと心配になり始めました。

主催者は、準備をしながら、「デモの申請は許可されてそのつもりで準備を進めていたのに、二日前になって警察からコースを変更するように言われた。アメリカ大使館へ高江のことの申し入れ書を渡すことが今回のデモの目的だったから、不服として裁判所に提訴した。しかし、却下された。われわれはそのために準備をしてきたので、予定通り決行する。」というような趣旨のことを聴衆に向かって話し始めました。

 
不安がよぎります。「このデモは許可されてないのか、デモは認められたが、コースは不許可なのか?」など何が何だかわからず、ただ、ブログで呼びかけてしまって、もし無許可のデモに参加した方に何かあったらどうしよう。」という思いばかりが駆け巡り、どんどん増えていく警官隊とマスクをした公安らしき大勢の人たちに、それでもまだ事態が飲み込めず、主催者に事情を聞いたり、沖縄のことや高江のことを聞いたりと私がこのデモで知りたかったことなどを主催者の話を聞きながら尋ねていました。



主催者の周りに話を聞きに集まるデモ参加者、そしてそれを取り巻くように人間の壁をつくる警官隊。そして、警視庁という腕章をつけて写真やビデオを撮る者。さらにそれを多くのマスクをつけた公安職員が幾重にも取り囲む。

そして、その包囲網がしだいにせばめられていった時、私は思わす、恐怖心からその輪の中からはずれ、それを見る一般聴衆というように遠巻きに後ずさりしてしまったのです。見方によれば、いくじなしとかだらしないとか根性無しとか言われるでしょうけど、その時の私は、恐怖心で足が震え、理屈ではない何かがそのような行動をとらせたのだと思います。普通の市民にとって、いきなりあれだけの警官隊に取り囲まれるというのは、テレビの中でしか体験しえないことですから。



「私は何か悪いことをしているのだろうか?」「全共闘に所属していた菅さんや仙谷さん、枝野さんらは、こうして警官隊と向き合ってきたのだろうが、政権を執ると市民デモをこうして弾圧するのだろうか?赤軍派内閣とか浅間山荘内閣とか言われているけど、どんどん仲間を粛清し、国家権力を行使して、力で弾圧するのだろうか?」など思いながら、事の成り行きを見つめていました。

包囲網が狭まる中、アルジャジーラが若者に取材を始めます。BBCもこの緊迫した睨み合いを撮影しています。


あるご婦人が話し始めた頃、警官隊を指揮する車から、若い指揮官が「警察署長である」といいながら、「このデモは認められない」と拡声器で叫び、警官隊を指揮し、さらに包囲網をせばめていきます。




この時、私はここが日本でないように思いました。テレビで見る北朝鮮などの軍事演習で軍隊が行進している、そんな中に入ったようでした。多くの現場で経験を積んだ警官がこの若いエリート幹部に、ロボットのように動かされていく。官僚支配というのは、まさにこういうことだと思いました。

 

後で友人から、この指揮官が威圧する言動に変わったのは、このご婦人の発言の中に、天皇制にふれる言葉があったからだと聞かされました。この時は、そんなことには気づかず、息づまるような睨み合いにどうなるかと思案するばかりでした。

やがて、事態は主催者が駅とテントとに挟まれた広場の南側に場所を移してから、すこしずつ好転しはじめます。楽器や歌などで、沖縄・高江の思いを伝え、聴衆もそれを見守ります。

デモという形をとらず、JT前の広場まで行く事が認められ、事態がまだ飲み込めなかった私も,ついて主催者の方から沖縄のことを聞きながら、JTビル前の広場まで行きました。このデモにかける沖縄や高江を守る意気込みはなみなみならぬものであるということがわかり、結局アメリカ大使館へは近づけないようにコースが変更されてはデモをする目的が果たされず、アメリカがらみだと警察は市民を大使館へ近づけないということもわかってきました。

また、アメリカ大使館の周辺にだけ適用される法律があることも。アメリカ大使館の周りでは、大きな声でシュプレキコールを上げたり、拡声器を使うことが禁じられているということですが、右翼は黙認のようです。

このJTビル前で警官隊が道を通さないよう盾になり、バリケードをつくっています。ここでまた、警官隊とデモ隊のもみ合いが始まります。歩いている間も、ずっと警官や公安がついて歩き、道には警察の車がずらっと並び、これが市民デモに対することかという驚きでと、これはまるで極悪犯人にされたような扱いだと思いました。

デモ隊は「せめて代表だけでも大使館へ行って、みんなのメッセージと、申し入れ書を渡したい」と警官に要求します。なぜ、これだけの市民にこんなに警官隊と公安を投入するのか不思議に思い、主催者の方に「過激派のような方がいるのですか?」と聞いてしまいました。答えは、普通の市民だということです。ただ、このような睨み合いは、沖縄ではよくあることで、そのために逮捕者も出て、住民に何もしてくれない政治家への不信感がかなりあるようです。

現地へ足を運ばず、住民の気持ちを知ることもない政治家に、沖縄の人たちは「誰がなっても何も変わらない」というあきらめの気持ちで、今わずかに支えとなっているのは、ネットやツイッターで知った全国の市民の支援だといいます。

沖縄は、本土を守るために多くの犠牲を出しながら、今もまだその占領が続いているように、市民のすがる砦であるはずのアメリカ大使館へ近づくこともできない。



この若者たちのたとえ逮捕されようとも、思いを伝えていく、この熱意に圧倒され、それまでのどうしてこんな無理をしてまでという主催者への見方が変わってきたことに気づきました。誰も信じられない、ヘリパッド建設をとめてくれれば!と彼らを追い詰めていったのは誰なのか?

市民が支えて、救いや解決の道があることを示さなければ、過激な道へ走らないとも限りません。政治の腐敗や官僚組織が軍隊化して、どこにも救いのない、誰に頼んでも変わらないという思い。最後の砦が彼らにとって、アメリカ大使館だったのです。政治家もマスコミもここまで追い詰めていった責任を感じていないことが不思議です。



このときまで、私はこのデモに参加すべきなのかどうか、ずっと心の中で迷いつづけていました。歩き始めてからも。しかし、しだいにはっきりと自分の中で、「私にできることは、彼らを見守り、彼らを支えている人がいることを知らせることだ」と思うようになりました。ただ、安心して普通の生活をしたい。その住民の気持ちを私のこととして受け止め、支えている者がいることを示すことが、彼らを孤立化させず、自虐化させないことだと。それが、今まで無責任に沖縄に何もかも押し付けてきた私たちにできることだと。



このように警官隊と睨み合う市民デモは、主催者だけでなく200人もの支援する人たちの参加で、代表者だけがアメリカ大使館へ行くことになったのです。



どうしても直接アメリカ大使館へ沖縄のメッセージを伝えるという熱意は、2名の逮捕者を出しながらも、アメリカ大使館までたどり着いたのです。沖縄から間に入って住民の気持ちを伝える日本の政治家は機能せず、誰も頼る者はないと悟った彼らは誰もあてにせず、進んで行ったのです。
 こんなにも若者たちに政治不信やマスコミ不信にさせ、このような世の中を作ってしまった私たちは、これからどう償えばいいのでしょう。








結局、受け取ってもらえず、郵送でということになったようです。これまでの過程で、この主催者とアメリカ大使館とを会わせないようにしているのが、日本の警察だということもわかってきました。混乱になるかもしれないことを恐れて、コースを変更したりする。アメリカ大使館が拒絶しているのではないということです。




この代表が行くときもひとりずつバラバラにし、カメラなど取り上げ、身体検査をしてというそれは厳重なものでした。代表が帰ってくるまで、市民は思いをマイクでぶつけます。




法律だけをとれば、公道をデモという形をとらずに歩くことは許されるはずですが、アメリカ大使館の200m圏内は、治外法権でもあるようです。バリケードを築かれ、通行を妨げられ、警官隊と睨み合っているうちに、それまで遠慮がちにしていた市民は、居並ぶ警官隊の一人ひとりに「税金ドロボー!税金を返せ!」と叫びます。

この任務をこなしている警官隊を動かしているのが誰なのか。軍国主義さながらの出来事に、日本をそんな国にしてはならないという菅政権への市民の力が炸裂したようにも思えました。

そして、「高江にヘリバッドはいらない!沖縄に基地はいらない!」とその場にいた市民の誰もが心から叫んでいます。「沖縄の皆さん、聞こえましたか?」主催者だけではないのですよ。普通の市民は皆、日本の幸せを願い、その日本に沖縄はあるのだと、だから沖縄の人たちも幸せに、人の心を信じられる生活や人生を送る権利があるのだと。友達は、このデモの帰り、主催者たちの若者の切羽詰った熱き思いに涙が出てとまらなかったといいます。

今までだったら、弱いものの味方として現地へ足を運び、権力に立ち向かう共産党や社民党が、菅政権では権力の側について、マスコミと一緒になって小沢いじめをし、住民の側に立っているといいながら、パフォーマンスのように住民を救っているというポーズをとるだけだということを、多くの市民は見抜いているのです。

救いのないこれらの人たちを、ネットやツイッターで支え、普通の市民が国家権力が力で抑え込もうとしても、税金を払っている我々が主権在民だと自信を持って、言論の自由を奪うような今の日本を、軍国主義の国のようになっている日本を、民主主義国家だといえるよう目覚めさせなければならないと思いました。
 
 戦時中の治安維持法のように、批判することも意見を言うことも許されないような世の中になってからでは遅いのです。戦後の民主主義時代に育った私たちは、堂々と反対であろうと個人の意見を主張すること、その個人の意見が尊重されるという教育を受けてきました。「批判するな!反対するな!」と、何か言っただけで、警官隊に取り囲まれるような国に日本を断固してはならないのです。

菅政権には負けられない!民主党内で起こっている言論弾圧は、いずれ国民の生活を直撃します。官僚支配とはこういうことだというのをまのあたりにし、これを救えるのは主権在民国家を築こうとして陥れられている小沢氏と小沢氏を支える人たちだと思っています。

今回のデモに参加して、普通の市民が警官隊と公安を市民の味方でないと判断したとき、市民を守ってくれる者は皆無だと知ったとき、本当に怖いと思いました。今の日本は、法律がどうかとかにかかわらず、狙いをつけたら犯罪者に仕立てる国家です。それを培ってきたのは自民党政権です。恐ろしいことです。

その自民党下の事実を知られて困るのは、今まで闇に包まれていた警察・特捜・裁判所・公安などなのかもしれないとすると、これが最後の砦で、これが暴かれたとき小沢失脚も終わるのだろうか?とも思えます。

普通に暮らしている市民にも小沢氏同様のことが、いつ及ぶかもしれない。今権力に弾圧されようとしている市民を救うことは、わが身に及ぶ冤罪を払う市民力となると思うのです。

そして、全共闘で権力に向かっていった菅執行部が権力を得ると、こうした形で権力を行使することになる。恐ろしい。市民を弾圧し、言論の自由を奪い、仲間を粛清していく。 権力の誇示がああいう形で行われるのは、日本とは思えなかったが、沖縄ではこれが日常化してるのかもしれないような気もします。

どんどんデモ主催者を警官隊が包囲していき、恥ずかしながら私は気づくといつのまにかその輪の中から出たその時、守ってくれていると思った警官隊が違うと思った瞬間、どれほど怖く、権力の誇示がああした形をとり、 いざとなると一般市民を守ってくれるものはないのかもしれないと気づいてから、ショックでしばらくは、語ることすらできなかったのです。

公権力を行使している者も税金で生活していると思うと、市民のためにあってほしいと思わずにはいられないし、 たかだか一警察署長の権限であれだけの警官隊と公安を動かすとも思えない。 裁判所・警察特捜・弁護士ぐるみの冤罪づくりの組織について市民が気づきはじめたことが、強硬な公権力の行使につながったとしたら、加担せずに国民の側にたち、国民の生活を守ろうとする政治家が一人でも二人でもでてくることを願わずにはいられないと思います。

この経験は、まさに参加して民主主義とは何かを考えるよい機会となりました。軍国主義になったら多くの国民は、自由がなくなります。今、自民党がひそかに進めている徴兵制をはじめとし、軍国主義への道はすぐそこまで来ているのかもしれないと思えば、これを国民の手に取り戻すのも国民一人一人が声を上げ、政治を変えるのは私たちだと思って行動することに他ならないのです。

国会の前に一人で立ち、意見を訴える者。ブログで思いを述べる者。ツイッターで情報を拡散する者。デモで主張する者。内閣の一員として国民を苦しめる政権には参加できないと辞表をたたきつける者。いずれも、誰に言われるのでもなく、自分で考え、判断し、行動する。

市民が動き始めていると思うのです。政治を変え、日本を国民のものにしていくのは、私たちにかかっているのだと、誰もあてにできず、それでもあきらめずにいるあのデモの若者たちを見て思いました。民主主義は、こうして守られていくのだと。



 当日のデモの詳しい様子は、『デモ封じ「摘まれる日本のジャスミン」』にまとめてあります。
http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-1178.html













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