「元祖テレビ世代」(ポスト団塊世代)の生活を振り返って

  • 2011/01/13(木) 10:10:35

 
 昨日の新聞に合格祈願で湯島天神(湯島天満宮)がにぎわっているとあった。多くの参拝客に願い事されて、この時期神様も大変だろうと思った。寒さが身にしみると、「あーもう受験の時期なのだなー」と思う。年をとって新年を迎える年越しの参拝が寒さできつくなり、今年は年が明けてからのお参りだった。だんだん、年をとるにつれて、今まで当たり前のようにしていたことをするのが難しくなるのだとも思った。

 先日、車に乗っていて、「オールナイト日本」の音楽が聞こえ、思わず懐かしくなった。そういえば受験勉強をしていた頃よく聞いたっけ。私は、明治生まれの厳格な祖父母に育てられ、子供の頃から早寝早起きで育った。小学校の頃など、夕方6時には家族全員揃って正座しての食事。デザートが運ばれ食べるまで席を立てなかった。祖父が帰ったり来客があれば、玄関に三つ指ついて迎えたものだった。(母はその習慣が身についていて、今ケアマネージャーさんなど誰が来てもこのようにして迎えている)。8時には、家中の電気が消えてしまう。子供の時間はそれまでで、勿論大人は子供が寝てから起きて大人の時間をすごすのかもしれないが、知らず知らずのうちに早寝早起きの習慣が身についていた。

高校受験だったか大学受験だったか、受験生が誰でもするような受験勉強を徹夜でしてみた。この時かかっていたのが、この「オールナイト日本」の曲だった。なんか夜起きているのが、ちょっと大人になった気分だったのを今でも覚えている。ただ、長年身についた習慣とはなかなか消えぬもの。結局、夜起きていてもちっとも覚えられず、すぐに朝型の勉強法に変えてしまった。

 大学時代、通っていた女子大の児童育成カウンセラーのボランティアを先輩にすすめられ、朝日厚生事業団の試験を受け、スケートやキャンプの指導員として子供たちとすごすことが夏休みや冬休みの生活のほとんどとなった。スケートの指導をするのにオープン前のスケート場で練習するため、始発に乗って電車の中で日の出を見ることもしばしばであった。

「こどもの国」だけでなく、表彰のため朝日厚生事業団の主催する健康優良児童が東京に来たときの青少年センターでの付き添いカウンセラーなど、大学時代はこどもたちとのキャンプカウンセラーやスケート場の指導員など、出るのは交通費だけだったから今の学生のアルバイト代などとは雲泥の差だったが、それほどお金を使うということもなくすごした。

 大学を卒業する頃、祖父が亡くなり、母は子供の頃から実家に帰っていて、女性も生活力がなければ母のように子供を置いて出て行かざるを得ないと思った私は、この当時女性が男性と同等に仕事ができるのは教職だけと、教員試験を志した。子供とすごした大学時代がそのように決めさせたのかもしれない。

 そんなとき大学から「行ってみないか」と紹介があり、大学の理事長面接を受けて紹介された学校へ行った。このときの理事長面接ほど緊張したことはない。論文を通り、面接さえ通ればほぼ間違いないと言われていたからだ。採用されて辞めるまでの26年(定年まで勤められればよかったのだけど、それは今までのブログにも書いたようにかなわなかった。)在職中・辞めてから精神的にも痛手を追った私が、ここまで立ち直れたことが不思議だ。だけど、辞めてはじめて真の友人にも会うことができた。傷ついた経験があるから、人の痛みがわかる。優しくなれると思っている。冤罪被害者など世間から突き放された方々の痛みについてブログに書かざるを得ない気持ちにもなるのだ。

 家事と育児と仕事と。二人の子供を保育園に預けながら、11年の保育園の送り迎えは本当にきつかった。夕方、仕事から保育園に子供を迎えに行き、連れて帰ってからがそれはもう闘いで、産休明けの子育て(上の子のときは産休は産前・産後6週、下の子の時は産前6週・産後8週だった。)など、育児について何も知らぬ上、何もかも一人でせねばならず、飲んだくれ夫などあてにはできず、子供の首の座らぬうちは、風呂上りなど裸同然で飛び回らざるを得なかった。

 子供が保育園に入るまで、延長保育ができるまでの二重保育の間は子育てのベテランの保育ママさん(出産間近に他区に越したので保育ママさんに空きがなく保育ママさんの紹介で区から認可を得ていない方だが)にずいぶん助けられ力になっていただき、励ましてもいただいた。未熟な母親より保育ママさんの方が子供は安心だったようで、今は嫁いだ娘などは昼間はずーと寝ていて手のかからぬ子だと言われ、家に帰ってから目をぱっちり開けて眠らず、夜中におんぶしたり抱っこしたり、仕事で疲れ、朝は早い仕事なのに、家事と育児に追われ、泣きたい思いだった。

 こんな中で育てられた我が家の子供たちは、およそ私の子供時代のように8時には寝るなどという生活をさせることはできず、食事をしてやっと落ち着いたと思ったら9時をすぎていて、なんだかんだでどうしたって10時を過ぎるということになる。まあ、核家族だとどうしてもこうなる。おじいちゃんやおばあちゃんがいれば、それはそれで気苦労もあるだろうけど、子供を見ていてもらうこともできる。だけど、こどもが生まれたとたんに、何もかも母親一人にかぶさってくるって何だろうと思った。

 「女性も働いた方がいい」という言葉にのせられて結婚したが、気がつくといつも一人で家事や育児をこなし、それでもときどきお風呂にこどもを入れてくれたり公園へつれてってくれるっだけましかと自分をなぐさめ、毎日のように赤ちょうちんで飲んでくる夫をうらめしく思ったものだった。

 こんな中でひたすら「今に見ておれ!」と、こどもが成人する日だけを楽しみにすごしてきたといってよい。子育ては大変だった。だけどあのぐっすり寝られる時間を楽しみにして夢中で子育てしていた頃が懐かしい。今はたっぷり寝る時間もある。

 離婚をして今、新たに自分のための人生を歩み始めて、それまで縛り付けられていた仕事から離れ、今だにフラッシュバックして苦しむことはあっても、心から分かり合える友人も得て、幸せなのではないかと思う。どんな経験も無駄ではなかったと思うからだ。辛いあの時があって、分かり合える人たちとめぐり合える、そう思えるからだ。女性が社会進出するのがまだめずらしかった頃(大学の友達はほとんど在学中に見合い、卒業と同時に結婚。私のように4年制大学に進む女性は少なく短大がほとんどだった)、必死で子育てと格闘した中で育った我が家の子供たちには、さびしい思いもさせたのではという気持ちもある。

 「今日は帰り遅くなるから食事いらない」と言って仕事に出ることがほとんどになった息子に、友達の仕事が終わるのを待って一緒に食事したり、パソコンの設定を換えてもらったり、あれこれお茶を飲んだりしながらという日々をすごしている。

 私が育った頃は、こうして食事をしに夜出ることなど考えられなかった。どこのお店も夕方には閉まってしまい、家で家族とすごすのがほとんどだった。今はお正月からやっているお店やコンビニなど便利になったと思う。だからこそ、多種多様な生き方ができるのかもしれない。

 日本の国もバブルがはじけて、ただお金だけの価値観から変化しつつあるように思う。政権が交代したのだから、国民が心豊かに暮らせるような世の中を、国民を大事にできるような世の中を、自分の権力を維持するだけに固執せずに、いつも日本の国に生きて生活している人たちに目を向けながら政治に携わってもらいたいと願っている。「日本に生まれてよかった」と思ってもらえる国となるよう、為政者は常に心してもらいたい。

 はじめてテレビが登場した「元祖テレビ世代」をすごして、テレビのあり方も問われる時代となることだろう。人権を無視し、レッテルを貼り、攻撃する情報操作の手段として本来の果たすべき役割を逸脱したメディアの責任を、これからは視聴者が指摘し、真実を伝えないメディアは視聴者から拒否しネットに変える時代となるだろう。

「元祖テレビ時代」「抱っこちゃん時代」「フラフープ時代」「月光仮面・怪人二十面相時代」など、育った時代を象徴する言葉は、いくつもある。戦後のあまりの急激な日本の変化に、生きるのにも時代にめまぐるしく協調・対応して生きざるを得ない。時代に取り残されないように、置いていかれないようにと息せききってついていく、そんな時代から中身で結びつく時代へと変わっていくのかもしれないとふと思うのだった。

 

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必死に燃え尽き症候群の首相を守る伸子夫人

  • 2011/01/13(木) 09:11:48


 「 菅さんを陰で動かしているのか?守っているのか?」伸子夫人について疑問に思われる記事が、東京新聞朝刊に載っていた。

 日本外国特派員協会での講演で、小沢一郎元代表の「政治と金」問題には「私たちの世代でけりをつけないと、という気持ちが私自身もすごく強い」と首相を応援していると言っているが、この言葉だけ聞くと、陰でたきつけ民主党の内紛を誘っているようにも思われた。

 もっとひどいのは、「首相が消費税を含む税制や社会保障改革に強い意欲を示しているとした上で「(政策で)でき得ることをやって玉砕するのは良いが、『支持率が悪い』と批判だけされて辞めることはあってはほしくない」と叱咤激励した。」という言葉だ。「玉砕」という言葉で戦争を思い出し、どれだけの者が亡くなったということがわかっているのだろうか?安易にこのような言葉を使うこの夫人に守られている国の首相の程度がわかるというものだ。

 女性が堂々と意見を言うことは当然と思うが、このような見識しか持てぬなら、その言葉によって民主党や国政が混乱することになるなら、いい加減やめてもらいたいと思う。
 
 頂点にのぼりつめることしかなく、どのような政治をしようとか、どのように民主党を運営していこうとかいうこともなく、ただ同じメンバーで配置換えだけするようなことしかできない菅さんを必死で守ろうとしているとも思えるが、「首相になったら終わり」という燃え尽き症候群の首相では困るのだ。ただ、それだけの目的で政治をやってきて、国民のための政治をすることができぬなら、即刻お引取り願いたい。

 小沢氏の問題について、どれだけ調べてみたのか?マスコミにのせられて、民主党員を民主党員が政治生命を絶つことを煽っているのですか?「民主党を分裂させる現状を、伸子夫人あなたはどうとらえるのですか?この分裂状態を何とかまとめるようにしてみてはどうなんですか?」こんな夫人に振り回されて、せっかく果たした政権交代まで無にするのかと思うと嘆かわしい限りである。

 内閣改造で、与謝野さんを「たちあがれ日本」から引き抜き、大臣に据えるとか、今の内閣で配置がえだけするとかニュースで言っているが、そんなことで民主党がまとまるとも昨日の両院総会を見ても思えなかった。目先だけ変えるのではなく、どのように党を運営していくのかを党大会で充分議論することからまずはじめるべきではないか?

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