既成政党なんてうんざりだ!

  • 2010/12/01(水) 19:33:42

 今、多くの国民が、この政治のていたらくに既成の政党なんてうんざりだ!と思っているはずだ。自民党の議員なんてつっつけばきりがないほど、記載ミスなんていくらでもあるのに、検察やマスコミは収支報告書を一円にいたるまで公開している小沢議員や鈴木宗男議員ばかり攻撃している。

かばうかと思いきや、身内への言われなき攻撃をこのときとばかり権力闘争に利用する民主党議員。小泉さんのときのように党内に敵をつくり、反小沢・親小沢勢力に二分するなんて、なんでこんなことするのか?今までなら民主党だからと応援してきて政権交代を果たした市民に対して挙党一致であたれずこんなことする民主党にはあきれはてている。誰のための政権交代だったのかとあらためて問いたい。

連立して協力してやっていくかと思ったら、引っ掻き回すだけ引っ掻き回して離脱するといった社民党の福島党首。いまさら何を言ったって通るはずがない。私腹を肥やすとか汚れた資金とかよその国から貰ったお金とかいうのでもないのに、出処ばかり追及する赤旗や共産党。もっと追及することがあるだろうに。こんなことやっているから、日本の国は衰退するのだと最近は怒りにも近い憤りを覚える。争っているうちに、日本の国は沈没してしまうのではないかと思う。宗教分離もされない政党がのさばり、まじめに一生懸命生きている者が小さくなって暮らしている今の日本。

と悲嘆に暮れていたら、「日々坦々」ブログの文章が目に飛び込んできた。
http://etc8.blog83.fc2.com/blog-entry-772.html
その中に引用された「小沢一郎という存在自体が、この社会の全ての不条理を照らし出し、蹂躙された人権に光を当てる鏡である!」という言葉が何よりよくあらわしている言葉だと思う。

理不尽な攻撃にさらされている者を守ろうと国民が立ち上がると、今度は「小沢信者」としてひとくくりにしようとする。検察・マスコミ・あらゆる勢力から攻撃されても、される側よりする側のボロが出る。警察・検察・特捜・裁判所・弁護士などの腐敗。小沢氏に代表される言われなき冤罪に苦しむ人たち。不正に対する正義の告発のため、留置所にいれられる善意の人。告発するために殺されたジャーナりストたち。

ただ、この人たちの存在を大手メディアは報道しない。ネットで知ることができるようになったから、そのような理不尽な存在について明らかになり、応援しようとする人たちがでてきたのだ。

皆、小沢バッシングにより浮き彫りにされた人たちだ。政権交代したからこのような冤罪も明らかになったのだが、明らかにされては困る人たちがずいぶんいるようだ。なんとしても、真の政権交代をさせたくないのだ。民主党が政権を執ってから、政治を動かさないような力が陰で働いていた。それがなんなのか、検察を動かし、政治家を動かし、ただ、言えることは日本の国の利益のために動いている勢力ではないということだ。

「この間、小沢氏は弁慶のように、あらゆる所から雨のように射かけられる毒矢の中で、仁王立ちし、この国民を守り、政治家としての自身の約束を守ろうとされています。作り出された「世間の憎しみ」の中で、誰も声をあげない中、長く、孤立無援の戦いをされてきました。  痛々しい姿でした。  どの国にも、歴史の一場面で、圧倒的な既得権力の構造に立ち向かう者が出現し、それは国民のヒーローと讃えられるものですが、この国では、村八分にし、逆賊にします。 」

という言葉が引用されているが、私は小沢氏をそのようなヒーローとは思っていない。勿論、神様でも仏様でもない。私達と同じ普通の人間だということが認識できたということだ。ただ、政治の裏も表も知り尽くし、日本の国民のために政治を行おうとしていることだけは確かだと思っている。特にこのようなバッシングを受け、どん底に突き落とされ、党派を超えて市民が立ち上がったとき、小沢一郎という政治家がつくられていったのだと思う。

今、小沢一郎議員に代表される冤罪になく人々を救おうと立ち上がったのは、普通の市民である。政党とか宗教とかという組織に動員されたのではなく、普通の市民が何とかしなければと行動を起こしたのだ。

この中に次のようにも書かれている。
「デモの参加者も、ブログの著者も、二年前まで誰も、小沢氏擁護の為に街頭に出たり、ブログを書き、阿修羅に拍手を送ることさえ考えられなかったのです。(宗男氏についても)
 個別の理不尽に苛まされている多くのこの国の市民も、本当に、この国の“あらゆる壁”にぶち当たれば、この国の根本が、全体が変わらなければ、個別の救済も、正義も実現されない事を、もうすでに分かってきたと思います。
小沢氏の「不器用な沈黙」こそが、課題そのもの自体に、雄弁に語らせしめたのです。  もし、未だに小沢問題と自分の個別問題は、別のものだと思っている人には、この国に蔓延った大きな地下茎に問題の中心があることを、親切に教えてあげましょう。 無限に蔓延る地下茎は、この村の民の心をも支配しています。」

「もう一つ小沢氏が 明らかにしてくれた事があります。
それは、選挙で投票しても、国民が眼を離せば、選ばれた者、権力を得た者は、必ず豹変すると言う事です。しかも、小沢氏は認識されていたと思いますが、“立法府での多数派形成”を、最初の目標にしていたため、元々の権力亡者、権力の同伴者、出世主義者、議員・大臣を自己目的にする者などなど雑多な人が、波に乗って出てきました。「後ろから鉄砲隊」の皆さんです!」

 これだけマスコミや特捜から攻撃されれば、とっくに政治生命は断たれているはずなのに、どんどんマスコミや特捜だけでなく司法の腐敗まで糾弾されることになるのだから、「小沢一郎という存在自体が、この社会の全ての不条理を照らし出し、蹂躙された人権に光を当てる鏡である!」という言葉がでてくるのであろう。

小沢一郎氏のためにだけデモをしているのではない。多くの人を冤罪から救うために、やれることをやっているにすぎない。

ウイキリークスが、いいか悪いかというようなことは別にして、どの国も国益・国家機密と言いながら罪なき国民を巻き添えにしたり、どんなことをしてもいい時代から変わらなければならないと言うことだけはいえると思う。もうこれ以上、罪人に仕立てあげるようなことはやめにしなければと思う。権力という名のもとに何をしてきたのかを問うことから、新しい日本が、世界が、地球がつくられる歴史が始まるのかもしれない。

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山全体からの水蒸気は何を意味するのか?

  • 2010/12/01(水) 10:25:02

日航機の救助にあたった第一空挺団は、墜落場所が特定されず、かなり時間が経過してから救助にあたったが、この時、山全体から水蒸気が上り続け、地面が熱せられて歩いていても足の裏が熱くなっていたと証言している。

遭難場所がわかっていながら誤報を流し続けたり、米兵が救助寸前で命令により引き返したり、待機命令が出され救助隊がすぐに救助にあたれなかったりということから、放射性物質による汚染などということも取りざたされているが、水蒸気と歩くのも熱いほどの地面から、中性子爆弾とか水爆とかといった説もでてくるのであろう。真偽のほどはわからない。にわかに中性子爆弾とか水爆とかといった説を認められるほどの確証もない。しかし、このことが何を意味するのだろうかという疑問は残る。

 墜落の速報と同時に、NHKニュースで「待機命令に違反した自衛隊員を射殺!」という字幕が流れたのも、ひっかかる。なぜ、待機命令なのか?このことが日航機が放射性物質を積んでいたとか、撃墜するのにこの種の爆弾がつかわれたというような説につながるのだろう。

また、御巣鷹の「神流川地下発電所」は、地下500m(標高1380mの山なので実質的に880m程度のところ)につくってあり、 御巣鷹発電所の地下空洞を拡張すると、高レベル放射性廃棄物の投棄場になるということもわかっている。

今わかっているのはこれだけで、これ以上は推測の域を出ない。しかし、これらのこともやがてわかってくるのかもしれない。



日航ジャンボ123便 第一空挺団「足の裏があつくなる」 (山体全体から立ち登り続けていた水蒸気と密接な関連か?



浜岡原発パンフによれば、高レベル放射性廃棄物地層処分は地下500mと書いてあります。  御巣鷹の発電所は地下500mです。

http://www.asyura2.com/10/lunchbreak43/msg/868.html
以前、なんだかどうしても浜岡原発にいかなければならないような気がしまして、掛川の友人の案内で浜岡原発を見学しました。



その頃は気がつかなかったのですが、2010年11月10日の日航ジャンボ123便静岡県内航路めぐり取材で見た浜岡原発PRパンフの『F原子燃料サイクル』のところに「高レベル放射性廃棄物 地下500m」と書いてあります。



そういえば、御巣鷹の「神流川地下発電所」は、地下500m(標高1380mの山なので実質的に880m程度のところ)につくってあります。

御巣鷹発電所の地下空洞を拡張すると、高レベル放射性廃棄物の投棄場になるということです。
分水嶺地帯の水源地に高レベル放射性廃棄物処分場が建設されれば、東京、埼玉、千葉、茨城、長野、新潟、の各県の飲料水は軒並みダメージを受け、日本人弱体化に拍車がかかりかねません。

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武蔵野野鳥の森

  • 2010/12/01(水) 00:00:30

11月28日(日)武蔵野の野鳥の森に行ったが、東京にもこんな住宅街に落ち葉が踏みしめられ野鳥が訪れるような森があるのを、あらためて知った。

ただ、野鳥が来るような雑木林があるだけで、特別何があるというのでもないのに、何かこの森にいるととても気持ちが落ち着き、リフレッシュできるのはとても不思議だ。落ち葉を踏みしめるだけで、何か移りゆく季節を感じる。木の葉と鳥の鳴き声と。整備されている遊具などが置かれている公園とは違い、自然のままなのが何よりいい。コンクリートの舗装された道では、落ち葉は厄介ものかもしれないが、ここではこの森を維持させるためのエネルギー源として、大切にされる。

このあたりには、あちらこちらに武蔵野の自然を残した公園があり、とても空気がきれいで、さらに玉川上水も流れ木々の紅葉も美しい。散りゆく木の葉とさわやかな風に、久々にのんびりとした気持ちになる。



野鳥の森
http://www2.wagamachi-guide.com/musashino/mapajax.asp?GPOS=139.5592286,35.7018201&GSCL=5000&SSIZ=500,500&id=162&sid=5036

近くに西久保公園という大きな公園もあった。ここも、木々の紅葉がきれいだった。

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