小沢一郎氏、検察審査会11人に国家賠償請求

  • 2010/10/20(水) 18:48:06

 さまざまな平均年齢や議事録が公開されないなど疑問から、開催されなかったのではないかと取りざたされている検察審査会だが、その闇の中の検察審査会11人に国家賠償を請求したという記事が、日刊ゲンダイに掲載された。

そのようにでもしなければ、この検察審査会は国民にどのような審査が行われたかをはっきり示すことはできないだろう。特に、あるときから素人の集まりのこの審査会が決定すれば強制起訴との強力な権限を持たせるようになり(これについては議論すべきだ)、検察の描いたストーリーに利用される可能性がでてきたからだ。

検察審査会は開催されなかったのではないかとみるむきすらある。http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-976.html
また、あまりに若い女性に片よりすぎているという指摘もある。検察審の議決に強い違和感を持って話し合われたことを知りたがっている国民に、審議の中身を伝えるためにも、小沢サイドは国家賠償請求するべきだと思われる。

阿修羅
http://www.asyura2.com/10/senkyo97/msg/773.html
小沢一郎 審議内容公開のウルトラC 検察審査会11人に国家賠償請求

日刊ゲンダイ

http://www.asyura2.com/10/senkyo97/msg/773.html
投稿者 インビクタス 日時 2010 年 10 月 19 日 01:49:51: hgdWItVuGl3tY

2010年(平成22年)10月19日(18日発行)

 小沢一郎 審議内容公開のウルトラC 検察審査会11人に国家賠償請求

 強制起訴を決めた検察審の議決は「無効」だと、国を相手に「行政訴訟」を起こした民主党の小沢一郎。小沢が提訴するのも当然だ。クジで選ばれただけの素人が、勝手に猗蛤疝撞伸瓩鯢佞渦辰┐董強制起訴としたのだからムチヤクチャすぎる。
 
小沢周辺は行政訴訟だけでなく、さらに爛Ε襯肇C瓩盥佑┐討い襪蕕靴ぁ検察審に対する「国家賠償請求」だ。検察審のメンバー11人を相手に賠償請求すれば、「匿名」の裏に隠れている11人を法廷に引っ張り出せる可能性があるという。

 裁判官出身の弁護士がこう言う。
「検案審の審査員は、任期中は公務員扱いとなります。事故にあえば労災も適用される。当然、国家賠償の対象になります。問題は国ではなく、検案審のメンバー11人に賠償請求できるかどうか。一般的に国家賠償の判決では、『個人は認めない、国は認める』というのが大半です。ただ、理屈では、個人への請求は可能です。11人は個人の判断で議決しているからです。誤審をした裁判員に対して賠償請求できるのと同じ理屈です」
 
請求金額は、5000万円程度が妥当らしい。小沢一郎の場合、直接的な財産の損害はないが、国会議員としての活動が制限されたことが理由になる。
 賠償請求する最大のメリットは、いかに検察審の議決がデタラメだったか、国民に訴えられることだ。

裁判になれば、なぜ起訴相当という判断をしたのか、検察審は可能な限り明らかにせざるを得ないでしょう。審査員を法廷に呼び出し、証人として尋問する場面も出てくるかも知れない。検察審は、どんなメンバーが、どんな審議を行ったか一切、明らかにしないが、大半が20代の若者とみられる11人は、かなり乱暴な審議をした可能性がある。審議の実態が明らかになれば、世論は一変するはずです」(司法事情通)

 常識ある国民は、検察審の議決に強い違和感を持ち、なにが話し合われたのか知りたがっている。審議の中身を国民に伝えるためにも、小沢サイドは国家賠償請求するべきだ。

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 東京第五検察審にもうひとつの疑問


爐覆爾海鵑覆房磴そ性がおおいのか

 メンバー11人の平均年齢を何度も訂正するなど、次々にデタラメが発覚している「東京第5検察審査会」。
 民主党の小沢一郎を「強制起訴」する重大な決議をしておきながら、ホントいい加減な連中だ。


 もうひとつ、司法関係者の間で犁震筬瓩浮上している。審査員に若い女性が多すぎるというのだ。これまで全国の検察薯で「強制起訴」は、明石歩道橋事故など3回出されているが、女性の審査員は、11人中「4人」「5人」「4人」だった。ところが、今回の小沢事件は「6人」と過去最多になっている。女性が多いと問題があるのか?

「一般的に若い女性は被告に対して厳しい判断を下しやすい。逆に中年男性は常識的な判断をする人が多い。だから、裁判員裁判では、弁護側は女性の裁判員を嫌がります。裁判員裁判では、弁護側も検察側も無条件で4人まで裁判員候補者を不選任と出来るので、女性を排除するケースが多い。ある弁護士会には、まず女性を外せという猯▲泪縫絅▲覘瓩あるほど。それだけに、東京第5検察審のメンバーの過半数を女性が占めていたことには驚きました」(東海地方の弁護士)
 
男と女では、それほど判断に差が出るものなのか。
 明大講師の関修氏(心理学)は言う。
「一般論で言えば、男性が理性で判断するのに対し、女性が思いつきや感情で判断する傾向にあるのは確かです。とくに社会経験の少ない20代の女性はその傾向が強い。その日の気分で判断してしまうことがあるから怖いのです」
 いったい、どんな審査が行われたのか。

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「悪の検事総長・原田明夫」の権力犯罪を弾劾する(1)

  • 2010/10/20(水) 01:41:56

 「政治的冤罪をなくすために私達のできること。」http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-982.htmlの『検察の大罪 裏金隠しが生んだ政権との黒い癒着』に登場した原田明夫元検事総長は、、06年までの小泉の任期中には、自公政権として、夏の参院選では是が非でも必ず両党で過半 数を維持し、アメリカの「自衛隊が集団 的自衛権を行使できるよう、憲法9条を変えてくれ」という都合に合わせ、民主党内の元社会党出身議員を狙い撃 ちにしたということである。

 日本最強の国策捜査機関といわれている「原田明夫のファッショ検察」の捜査は、自分たちの調活費裏金流用疑惑はさておき、当時の野党の護憲勢力 に対する秘書給与流用疑惑については、辻元議員をはじめとして三井議員逮捕についても、“微罪逮捕”“人格攻撃”を連発することで 、本来もっと批判し 、壊滅させなければならない「巨悪」から目を逸らせるのが目的といわれている。

検察は内部告発による裏金問題づくりに蓋をするために、罪人をつくりだすことに加担する。いかに組織として劣化、腐敗しているかがわかる。そうした「国策捜査」の象徴として、三井氏の不当逮捕があるが、この三井氏の事件の背後に、法務・検察とヤクザが結託した、これまたトンデモない大謀略が存在していることもわかる。

 この原田明夫による権力犯罪(=加納の詐欺事件もみ消し)を 絶対に許すことができないとする「義憤」、そして、「公憤」が、三井氏が意を決して、「現職の検察幹部のまま、実名で内部告発をする」と いう決意を固めさせることになる。三井氏が実名告発をするにあたって、「一撃必殺」を狙いたかったとのことで、 民主党の菅直人議員(当時)と連絡を取り、三井氏が衆院の法務 委員会で証言し、それをもとに菅直人議員が追及することになっており、テレビ朝日の「ザ・スクープ」の 鳥越俊太郎キャスターのインタビューに応じることになっていたその日の朝、大阪地検特捜部に、「口封じ」のために不当逮捕されてしまった。

 このあたりの経緯について、『悪の検事総長・原田明夫」の権力犯罪を弾劾する』からみていきたい。また、原田明夫元検事総長の悪行についてはこれから続々と出てくると思われるので、随時紹介していきたい。

 また、国会で追求するはずだった菅議員が首相となったのだから、内閣総理大臣として権力犯罪を糾弾し、冤罪に苦しめられている人を救い、菅さんでなければできぬような仕事をしてもらいたいと思うのだが。なにか、仙谷官房長官の陰に隠れ、ただ、権力に固執しているようにしか思われない。

反小沢・親小沢というより、冤罪から小沢氏を救い、民主党政権を不動のものにしていってもらいたいと思うのだが。内部での権力争いにとらわれず、大局を見通し、検察特捜部の冤罪にからむ腐敗を糾弾してもらいたいと願わずにはいられない。


もう一つの組織暴力団・検察、その共犯者・裁判所-1/4












原田明夫元検事総長
阿修羅  
http://www.asyura2.com/0403/bd34/msg/680.html
「悪の検事総長・原田明夫」の権力犯罪を弾劾する
(その6)【デジタル・ヘル】
http://www.asyura2.com/0403/bd34/msg/680.html
投稿者 なるほど 日時 2004 年 3 月 30 日 03:04:59:dfhdU2/i2Qkk2
(回答先: 「悪の検事総長・原田明夫」の権力犯罪を弾劾する(その5)[古川利明の同時代ウォッチング] 投稿者 なるほど 日時 2004 年 3 月 30 日 02:53:52)
「悪の検事総長・原田明夫」の権力犯罪を弾劾する――「三井環不当逮捕」は「現代のドレフュス事件」である(その6)04・3・11

(略)さて、本題に戻りますが、いよいよ、サトカン(=佐藤観樹・前民主党衆院議員)が、先日(3月7日)、秘書給与流用疑惑で愛知県警にパクられましたが、結論から言い
ますが、これはケーサツというより、その背後にいる「原田ファッショ検察」による「
国策捜査」です。


 参院選4カ月前というグッド・タイミングに、民主党内の元社会党出身議員を狙い撃
ちにするというのは、要するに、辻元チャンに次いで、「護憲勢力一掃大バーゲン」と
いったところでしょう
(笑)。

 そして、さらに本日(3月11日)に至っては、共同通信が、サトカンと同様の「元国家公安委員長」である白川勝彦が、「昨年秋の衆院選直前に摘発された渋谷の違法カジノに、偽名を使って客として通っていた」という、いかにもミエミエの当局リーク情報を打電し、産経や神奈川新聞が紙面化しています。

 私自身、白川氏をよく知っていますので、敢えて今回は彼を弁護させていただきます
が、既に摘発された店側の店長らの公判は一審で執行猶予付きの有罪が確定している状
況で、「なんで今の時期に?」というのが、まずは、そもそもの素朴なギモンですが(
#ってより、この夏の参院選で自・公過半数確保が至上命題なんで、連中も死にもの狂
いなんや)、だいたい、店側が客の素性とか「秘密」を当局にリークするってのが、お
かしい。

 つまり、ブンヤが権力の弾圧から取材源を守るため、ニュースソースを秘匿するって
のは、命より大事な“モラル”であり、それは、カジノなどの賭博の経営者も同様でし
ょう。

 それをペラペラとケーサツ、そして検察に喋って、調書まで取られて、裁判所に証拠
採用されること自体が「?」ですが、詳しい事情はわかりませんが、店側に極めてディ
ープリーな内通者がいたんじゃないかということが、まず、勘繰られますね(笑)。

 それと、「元国家公安委員長が違法カジノで博打をしていた」云々ですが、白川氏が
渋谷のその「Jクラブ」に出入りしていたのは、去年(03年)の春から夏にかけてと
いうことですが、白川氏は、01年7月の白川新党での敗北後、あの「9・11」の直
後に自身のウェブサイトのBBSを閉鎖し、永田町徒然草の更新も停止するなど、事実
上の“休眠(=脳死)状態”にありました(私も何度か、メールなどで連絡を入れたの
ですが、一切、レスもなく、音信もプツリと途絶えていました)。

 その後、白川氏が突如、何の下準備もなく、真紀子の地盤である新潟5区からの衆院
選出馬を表明するのが、03年9月24日(=信濃町的に言うところの「9・24の変
」)のことでした。

 つまり、その間は、まさに一介の「政治浪人」というか、「プータロー」として、山
に籠もって座禅を組んだり、失意のうちに流浪の日々を送っていたわけです。

 たまたま、この共同電をそのまま後追いしたその日の夕刊フジが、白川氏の「永田町
徒然草」から、2000年の8月にラスベガスに行っていたことを書いていたことを取
り上げ、「博打をしないないはずはない」というトーンで書いていましたが、それはあ
る意味、当然でしょう(笑)。

 ただ、この2000年の8月というのは、その直前の総選挙で白川氏が落選して、こ
れもまた「無職」の身分になっていたときのことです。

 渋谷のJクラブもラスベガスも、仮に100歩譲って、現職の国怪議員の身分で、公
務の最中に抜け出して(かつてのハマコーのように)、遊びに現を抜かしていたのなら
、もっとガンガン叩かれてしかるべきだと思います。

 しかし、「落選」という政治家としては、何もかもすべてを失う「敗北」を喫して、
傷ついていたときに、その傷を癒すべく、「弱いひとりの人間の性」として、そうした
賭け事に没入していったことに、何の咎められることがあるというのでしょうか(#で
も、やっぱ、本来なら、そこで大勝ちして、そのカネを元手に真の「政界再編」にバク
進せんと、アカンわな)。

 誰だって、自分の思い通りにならなくて、挫折し、失意の日々を送るなかで、いろん
なところを放浪したり、また、時には、図らずも犯罪に手を染めてしまうことだってあ
るでしょう。しかし、あてどもなくほっつき歩いた「暗夜行路」の中にこそ、「蘇生」
への道筋が隠されているものです。

 確かに宮崎学氏言うところの「清く正しく美しい」という、何とも口先だけのスロー
ガンが3度のメシより好きなプチ・ブル的小市民の皆様にとっては、「違法カジノ」「
200万円負けた」という見出しを見るだけで、眉を顰める向きも多いのかもしれませ
ん。

 が、私に言わせれば、このワキの甘い、アホ丸出しのオッサンは、そのへんの“政策
新人類”と称される、官僚たちと重箱の隅をつついて喜んでいるような、チマチマとし
た「秀才バカ議員」にはない、「蘯尽的な爆発エネルギー」を持っているわけです。

 かつての無頼は、酒もバクチもオンナもやって、どうしようもないくらいの借金を背
負って、自分で自分をがんじがらめの現実に縛りつけておいたうえで、そこから自己を
解放する猛烈なエネルギーで、時代を、世の中をかき回していったわけですから。

 こうやって、いかにも俗耳に入りやすい“微罪逮捕”“人格攻撃”を連発することで
、国民の中に鬱屈しているガス(=フラストレーション)を抜き、本来、もっと批判し
、壊滅させなければならない「巨悪」から目を逸らせるのが、その目的なのです(それ
は、辻元チャンや三井環氏の不当逮捕にも如実に現れている)。


 たとえ、名前は同じ「犯罪」であっても、個人のレベルによる“微罪”と、原田明夫
のような最高権力者がその職権を濫用して、血税詐欺犯・加納駿亮を隠避させた「権力
犯罪」を同列に扱ってはいけない。


 つまり、自・公ファッショ政権としては、夏の参院選では是が非でも必ず両党で過半
数を維持し、06年までの小泉の任期中には、何としてでも、「はよう、自衛隊が集団
的自衛権を行使できるよう、憲法9条を変えてくれや」というアメリカ様のご都合に、
合わせようというわけです。


 いや、一連の秘書給与流用ギワクという“微罪逮捕”を連発し、さらには、何ともグ
ッドタイミングで、今度の「白川違法カジノ出入り」のリークですから、原田ファッシ
ョ検察
は、なかなかのもんだなあと、私は感心してしまいます(笑)。この国の権力中枢は本気で、全体主義体制に突き進もうとしている。連中のその「強い意志」を見誤ってはいけない。

 しかし、「原田明夫のファッショ検察(=日本最強の国策捜査機関)」は、自分たち
の調活費裏金流用ギワクはシカトしておいて、国怪議員(とりわけ、野党の護憲勢力)
に対する秘書給与流用ギワクについては、ビッシビシとパクる
というわけですから、こ
れを無茶苦茶と言わずとして、何と言うかですよね。

 まだ、ケーサツの方は、元幹部が「顔出し」をして、内部告発をしているので、そう
した裏金づくりについて、組織としては「血」を流さなくてはならなくなりますが、検
察はそうした問題には一切、フタをして、いまだにアンタッチャブルなわけですから、
いかに組織として劣化、腐敗しているかが、よくわかります(今度のサトカン逮捕は、
民主党がケーサツの裏金づくりを国怪で追及しようとしたため、その意趣返しに愛知県
警がパクったというような、低次元の話ではない)。


んで、そうした「国策捜査」の象徴として、三井氏の不当逮捕があるのですが、この三井氏のデッチ上げられた事件の背後に、法務・検察とヤクザが結託した、これまたトンデモない大謀略が存在していることを、これから明らかにしたいと思います。
三井元大阪高検公安部長
 三井氏が大阪高検公安部長という、現職の検察幹部のまま、大阪地検特捜部に逮捕さ
れたのは、02年4月22日のことです。

 それで、調活費流用による裏金づくりについて刑事告発されていた加納駿亮について
、検事総長・原田明夫が後藤田正晴のルートを使って、官邸(=小泉純一郎)と裏取引
をし、詐欺罪として真っ黒クロであるのにもかかわらず、「嫌疑なし不起訴」と、真っ
白シロという大ウソの裁定(=刑事処分)を下すことで、01年10月下旬から、翌1
1月中旬にかけて、加納の福岡高検検事長昇任人事のOKを取り付けたということは、
既に述べました。

 そして、三井氏が意を決して、「現職の検察幹部のまま、実名で内部告発をする」と
いう決意を固めたのも、この原田明夫による権力犯罪(=加納の詐欺事件もみ消し)を
絶対に許すことができないとする「義憤」、そして、「公憤」であることも、既に述べ
た通りです。


 しかし、それでも、三井氏が、内部告発を最終決断するまでには、やはり、相当の逡
巡と苦悩があったようです。

 そのあたりを、三井氏の手記『告発! 検察「裏ガネ作り」』の中では、次のように
吐露しています。

 <これまでいろいろと偉そうなことを書いてきたが、私も1人の小さな人間だ。正直
に告白すれば、退職金にも未練はあった。検察官として約30年、奉公した。相応の退
職金をもらって、神戸でささやかな弁護士事務所を開業しようと考えていた。私の弟が
四国の松山で弁護士を開業している。いま私の弁護団にも名前を連ねているが、民事が
専門だ。私は検事を30年もやっていたので、民事はあらかた忘れてしまっている。そ
れを弟に教わらなければならないなどとも考えていた。

 実名で組織の恥部を暴露すれば、そんな夢も吹き飛んでしまうかもしれない。
 いや、そんなことがあるはずはない。犯罪事実の告発は、公務員として当然の義務だ。
 それで懲戒免職などになるわけがない。

 だが、守秘義務違反でやられるかもしれない……。いや、それもないだろう。私の心
は行ったり来たり、揺れていた。

 ある時はやたらと強気になる。こんな不正義を放置してなるものか。絶対に告発して
やる……。だが、しばらくすると弱気の虫がもたげて来る。そんなことをしていったい
何になるんだ……。>

 このくだりを読み返すとき、私が大新聞にケツをまくったときと同じものがあります
。まあ、私も毎日新聞とか、東京新聞といった組織にいれば、それなりの(どうでもい
い)ステイタス(もどきの存在)と、朝日、読売に比べれば安いものの、それなりの定
収入とボーナスが確保されます。

 しかし、そういうぬるま湯的な安穏を叩き割る形で、敢えて危険な道を選択してしま
うのは、結局のところ、その人がおそらく生まれながらに持っている「宿命」であるよ
うな気がします。

 では、その「宿命」とは具体的にはいったい何なのか、うまく表現することはできな
いのですが、人間が内に秘めている「狂い」ではないかと思うのです。

 人間は誰しも、譲れない最後の一線を持っています。
しかし、そういう状況にさしかかっても、大半の人間はそこで肝心の一言を主張でき
ないまま、一生を終えていきます。

 しかし、ごくわずかですが、中には「狂っている」人間がいて、「一寸の虫のも五分
の魂」ではないですが、その「五分の魂」のために、損得勘定を捨て去り、そこでキレ
てしまって、全てを捨てて「アホ」になるのがいるのです。

 それが、宮崎学氏言うところの関西言葉にある「突破者」ですし、そうした「狂い」
のい火花の中にこそ、時代を、世の中を突き動かすエネルギーがあると、私は考えるの
です。

 そこで、三井氏の“分身”として、加納駿亮を詐欺罪で刑事告発していた四国タイム
ズの川上道大社長が、高松検察審査会に「嫌疑なし不起訴処分」に対する不服申立をし
ますが、三井氏が逮捕される約3週間前の02年4月3日付けで、三井氏の実名の入っ
た「証人申請書」が提出されることになります。

 んで、この証人申請書の提出が、事実上の“解禁”となり、マスコミからの取材が殺
到します。

 三井氏によれば、接触のあったマスコミとは、産経新聞大阪本社、朝日新聞東京本社
、同大阪本社、NHK大阪放送局、中日新聞、週刊新潮、週刊文春、週刊朝日、噂の真
相――だそうです。


 で、三井氏が実名告発をするにあたって、「一撃必殺」を狙いたかったとのことで、
人を介して02年3月中旬ころから民主党の菅直人と連絡を取り、三井氏が衆院の法務
委員会で証言し、それをもとに菅直人が追及するということで、同月末に確約が取れた
ことで、例の自らの実名を記した「証人申請書」の提出に至ります。

 さらに、同年5月のGW連休明けに朝日新聞の落合博実記者が調活費流用による裏金
づくりの実態を1面トップで報じ、三井氏も「顔出し」で一問一答に応じることで、こ
の記事をもとに菅直人が国会で追及することになっていました。

 さらに、三井氏が逮捕された4月22日の当日は、テレビ朝日の「ザ・スクープ」の
鳥越俊太郎キャスター
のインタビューに応じることになっていましたが、その日の朝、大阪地検特捜部に、「口封じ」のために不当逮捕されてしまったのです。

 既に、法務・検察サイドとしては、02年の初頭から、三井氏が調活費の内部告発を
やろうとしていたことは、掴んでいたようで、4月22日に泥縄式に逮捕に踏み切った
のは、その日に三井氏のインタビューがテレビで生中継されると勘違いしたからのよう
です
(実際はその日は録画撮りだけで、放映は後日だった)。

 三井氏が鳥越氏のインタビューを受けることを決意し、最終的な日程の打ち合わせを
したのは、4月17日のことですが、翌18日に大阪地検の広報担当者が血相を変えて
、次席検事室に飛び込んできて、この話を大塚次席検事は、すぐに大阪高検の東條伸一
郎に報告。ただちに検事総長・原田明夫の耳にも入れられることになります。

 んで、その2日後の4月20日に、法務省三田分室内にある料亭「かつら」に、原田
以下、法務・検察の首脳が集まって、“御前会議”が開かれ、この場で三井氏をテレ朝
のインタビューを受ける4月22日の早朝にパクる方針が大決定されます。

 ところが、じつは、詳しくはこれから説明するように、三井氏の逮捕容疑があまりに
も根拠薄弱でありすぎるため、「これではリスクが大きい」との反対意見も出たとのこ
とです。

 しかし、最終的には「検事総長・原田明夫、法務省事務次官・但木敬一」の“東大卒
原田一派・悪の師弟コンビ”が押し切る形で、「三井環逮捕」のGOサインを出してし
まったというのです(笑)。

 原田検察がデッチ上げた三井氏の“犯罪事実”は、大きく分けて2つあり、まず、第
一は、1回目の逮捕となった容疑は電磁的公正証書原本不実記録作成、不実記録電磁的
公正証書原本供用、詐欺、公務員職権濫用というものです。

 これは、三井氏の手記や雑誌のインタビュー(『現代』03年7月号、「出獄緊急イ
ンタビュー・検察は暴力団と結託していた)などによりますと、三井氏は01年2月、
神戸市内にある競売物件のマンション(広さ135平方メートル)を、1651万円で
札したのですが、その実質的な所有者が山口組系暴力団の亀谷直人元組長で、購入後
、その亀谷から、亀谷の舎弟的存在だった元暴力団組員の渡真利忠光を通して、「買い
戻したい」と言ってきました。

 ところが、亀谷側がその買い戻しの金を支払わずに、再三、退去を要求したのに、亀
谷側は出ていかない。そのため、裁判に訴えて、逮捕される直前の02年3月にようや
く引き渡し命令が確定し、マンションの鍵ももらってリフォームしていた矢先に、いき
なり逮捕されたというものです。

 んで、逮捕容疑にある「電磁的公正証書原本不実記録作成、不実記録電磁的公正証書
原本供用、詐欺」とは、この落札したマンションにかかる不動産登録免許税(47万円
)を免れるため、亀谷や渡真利と共謀して、住んでいないマンションに住んでいると偽
り、01年8月1日、虚偽の住民票の異動を行って、神戸市中央区役所に住民登録して
、その住民票を提出し(=電磁的公正証書原本不実記録作成、不実記録電磁的公正証書
原本供用)、同区役所から住宅用家屋証明書をだまし取った(=詐欺)、というもので
す。

 さらに、「公務員職権濫用」とは、01年11月にこの渡真利の素性を知るため、事
件捜査とは関係ないのに、部下の大阪高検公安事務課長に命じて、渡真利の前科調書を
入手した、というものです。

 しかし、三井氏によれば、その神戸市中央区のマンションを求めたのは、検事を退職
後に事務所兼住居用に考えていたうえ、次男が01年4月から高校に通うとのことだっ
たので、駅にも近くて通うのに便利なこのマンションを購入したとのことです。

 んで、これが競売物件だったのですが、裁判所の「現況調査報告書」には「占有者は
退去済で空室」とあったので、三井氏にしては、当然、空き家で落札できたと思ってい
ました。

 ところが、落札直後に無言電話があったことから不審に思い、警察に通報したことか
ら、亀谷がマンションの実質的な所有者であることが判明しました(実際の名義は亀谷
の親族である女性)。

 そして、亀谷は2度にわたって執行抗告を行う一方、舎弟的存在だった渡真利を通じ
て、「このマンションを2000万円で買い戻したい」と言ってきたのが、そもそもの
始まりだったといいます。

  こうした状況から、「4月の次男の高校入学は間に合わないし、ヤクザ絡みの物件で
ややこしい」ということから、この物件から手を引きたいと三井氏は考え、5月24日
には渡真利の求めに応じて、「買い戻し契約」を結びますが、その買い戻し約束の履行
期限が迫っても、渡真利(&亀谷)は、さまざまな屁理屈をつけて、居すわったために
、三井氏としては、当初の予定通り、物件の完全明け渡しを求め、準備を進めることに
なりました。

 競売物件を購入する際には、裁判所の買い受け人ローン制度を利用でき、代金納付予
定日の3日前までに書類を提出しなければなりません。その物件は8月1日が納付予定
日だったため、三井氏は7月24日に住民票を異動させたうえ、7月26日には三井住
友銀行で住宅ローンの契約を結んだ後に、抵当権設定契約書を作成し、8月1日に神戸
地裁に提出したとのことです。

 一般にも、新たにマンションを購入して、住宅ローンを組んで、引っ越したりする時
など、このように三井氏と同じケースはゴマンとあります。

 そして、引っ越しの際のタイムラグなどから、実際に住んでいる住所と住民票記載上
の住所(もっとも、そもそも統治権力が、国民の動向を完全に掴もうとするこうした住
民票制度の存在そのものが、どうして必要なのか、私などにはさっぱり理解できません
が)が乖離するケースなどいくらでもあります。

 だとすれば、こうやってマンションを購入し、住宅ローンを組んで、住民票を“不正
に”異動させ、不動産登録免許税減免の手続きを行うため、役所から住宅用家屋証明書
の交付を受けた人は、全員が“詐欺容疑”でパクられるというわけです(笑)。

 それと、第1の逮捕事実のもう1つである「公務員職権濫用」についても、その渡真
利に関する前科調書を部下に命じて入手したとのことですが、だとしたら、ケーサツ、
検察を問わず、捜査員はおそらく全員、「公務員職権濫用罪」でパクることができます
(笑)。

 特に公安ケーサツは、野党、とりわけ共産党の候補者が初当選したときは、その人物
の犯歴を徹底的に洗うだけでなく、自民党であっても、初入閣の際には犯歴データを照
会して、その人物の「スネの傷」を洗いざらい調べ上げて、「いざ、鎌倉」の際には、
その政治家を「刺す」材料として、大事に持っておくわけです。

 というわけで、とりあえず三井氏の第1の逮捕容疑については、“微罪逮捕”をとお
に通り越して、まさに「デッチ上げ」と言ってもいいですが、こうした別件逮捕、微罪
逮捕をお家芸にしている警視庁公安部の捜査員も、三井氏の逮捕容疑を見て、「うーむ
、こんな手があったとは」と唸ったといいます
(笑)。


 つまり、それだけ三井氏の逮捕は、「証拠を積み重ねて、そこから真実を抉りだす」
という捜査の王道から見ても、まったくもって噴飯にしか値しない、トンデモナイもの
だったのです。(この稿つづく)
http://furukawatoshiaki.at.infoseek.co.jp/article/2004/311-6.html
http://furukawatoshiaki.at.infoseek.co.jp/



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http://bookweb.kinokuniya.co.jp/guest/cgi-bin/wshosea.cgi?KEYWORD=%34%38%30%37%34%30%34%30%30%38
デジタル・ヘル―サイバー化「監視社会」の闇
ISBN:4807404008

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542p 19cm(B6)
第三書館 (2004-04-01出版)

・古川 利明【著】
[A5 判] NDC分類:007.3 販売価:2,000(税別)
BookWebの取扱い店舗には在庫がございませんのでお取り寄せになります。
但し、「各店在庫案内」で表示されている店舗には在庫がございます。別途、当該店舗へご注文が可能です。お取り寄せした結果品切れの場合もございますので予めご了承下さい。 個人情報はDNA・指紋・虹彩・静脈網から病歴・学歴・離婚歴・職歴・犯罪歴・旅行歴・性癖・嗜好・交友・移動跡etcまでデータ化され、管理・利用される。
あなたのすべてが監視され記録されるサイバー情報ファシズムを膨大な資料と克明な取材で実証する。

第1章 「監視カメラ」が大量増殖していく社会(あなたのカオが知らぬうちにデジタル情報化されている街;過激なトークライブに出入りの客は全て警察に“面通し” ほか)
第2章 「電話盗聴・電子メール盗み見」の歯止めなき拡大(電話発明直後から始まったプリミティブな盗聴テクニック;“捜査のため”機器設けた刑事が男女関係を興味本位盗聴 ほか)
第3章 「住基ネット=国民総背番号制」でプライバシー総収奪(国民総背番号制度イコール社会全体のサイバー“監獄化”;住民票に番号を振ると個人の情報をコンピュータ処理可能 ほか)
第4章 「個人情報保護法」はいかにして歪められていったか(個人情報をダシにしてメデイアを規制し、言論封殺を狙う;「個人の私権」と「人間の根源的な自由」のプライバシー ほか)
第5章 「サイバー情報ファシズム化」への道(「ユビキタス社会」は「いつでもどこでも監視される社会」;全人類に生後すぐICチップ埋込んだら“素晴らしい!!” ほか)


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古川利明[フルカワトシアキ]
1965年、新潟県生まれ。1988年3月、慶応義塾大学文学部(仏文学専攻)卒業。同年4月、毎日新聞社入社。大阪本社社会部、高知支局、姫路支局、大阪本社社会部(東京本社政治部、高槻駐在)を経て、1994年8月退社。1996年1月、東京新聞(中日新聞東京本社)入社。首都圏部「TOKYO発」取材班を経て、1997年7月退社。現在、フリージャーナリスト

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政治的冤罪をなくすために私達のできること。

  • 2010/10/20(水) 01:07:40

三井環氏もまた、冤罪にまきこまれたことが、これを読むとよくわかる。ぜひ、読んでもらいたい。正義のために告発しようとするのを、正義であるはずの検察が、政権と癒着して、罪なき人を罪人に仕立てていく。この中に登場する原田元検事総長については、暴力団にからむ殺人についても、新聞・週刊誌にちらほら罪状が出始めた。法務警察は、やろうと思えば何でもできる組織となったことがよくわかる。鈴木宗男氏も言っていたがhttp://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-978.html、法務大臣の任命がいかに大事であるかがよくわかる。

 鈴木宗男議員についても、当時の政権である小泉内閣は構造改革を推進していたが、鈴木議員はその抵抗勢力として大悪人に仕立て上げられた。また、「鈴木宗男=大悪人の逮捕」という勧善懲悪な逮捕劇によって裏金問題の報道を封じるという意味も、この逮捕にはあった。小泉政権と法務検察の利害が一致したことによって作られた逮捕だったと三井環氏はみている。

 冤罪に泣いた人たちの名誉は、回復されなければならない。同時に、政権と結びつき間違った権力を行使した検事総長や特捜部という組織は、徹底的に糾弾されなければならない。無罪の鈴木議員が収監される。何とかできないものだろうか?冤罪に泣いた人たちの名誉を今すぐでも回復できないものだろうか?

 マスメディアよ!目覚めよ!ジャーナリスト精神に立ち返り、今からでも冤罪に苦しむ罪なき人たちを救うために活動せよ!

 私たちも一方的に送りつけられる情報が真実かどうか見極める判断力を持とう!そして、真実を見極められる市民が立ち上がり、冤罪に泣いた人たちといっしょになって、検察・マスコミを正していこう!

 この三井氏の高検公安部長として、腐敗した検察を正すために陥れられた経験から、まじめに生きてきた人たちを救うために、また、これから冤罪をつくりださないためにも、この『検察の大罪 裏金隠しが生んだ政権との黒い癒着』を、できるだけ多くの人に読んでもらって社会的地位や政治生命を断たれようとしている人たちを救おう!

 これらの人たちは、日本の国にとってはなくてはならぬ存在なのだから。とりあえず、私は24日(日)のデモに行きます。小沢氏や鈴木氏を救いたい!そのためには黙っていてはだめだと思っています。




現代ビジネス
  
  

http://gendai.ismedia.jp/articles/-/1022
2010年08月16日(月)
『検察の大罪 裏金隠しが生んだ政権との黒い癒着』 
 

著者:元大阪高検公安部長 三井環

第一章 

「けもの道」を行く検察

検察は終わりだ
 私が裏金告発するようになった当初の動機は、加納駿亮大阪地検検事正に対する人事権の濫用に対する不満があったためである。

 ある収賄事件で、捜索と差し押さえを先行しないで、いきなり大学の講師を逮捕し、後で無罪の証拠が発見されたことがあった。その暴走を私が咎めたのだが、その捜査の統括責任者が加納だった。加納のメンツを潰したこととなり、それによって私は加納から逆恨みされ、人事や給料での嫌がらせを何度も繰り返し受けた。

 そこで私はなすすべもなくなり、検察首脳が組織的に行う裏金作りとその乱用について、加納をターゲットに、最高検察庁に匿名で刑事告発をしたのである。

 だが、これに対して、ときの原田明夫検事総長は、平成一三年一一月、加納をろくな捜査もせずに、「嫌疑なし」とした。検察組織全体としてこの問題の幕引きを図ろうとしたのだ。原田検事総長のこの判断に、私は「検察は終わりだ」と思った。

 そして私は腹が立って仕方がなくなった。原田検事総長による「けもの道」(後述)の選択が、私が「義憤」に駆られて検察の裏金問題を告発するきっかけとなった。私が検事の職に就いたときに抱いていた、「検事」としてあるべき姿、組織にどっぷりつかって忘れかけていた、「正義を体現する」という姿を呼び覚ますことになったのである。

 原田検事総長は、まさか現職の検事が告発するなど考えもしなかっただろう。原田検事総長の選択は、検察自らが正義を捨て、不正義を選択したことと同義だ。犯罪を犯したものがその犯罪を隠蔽するなどという「不正義」「悪」はないだろう。最強の捜査機関が表では犯罪を検挙しながら、裏では自ら犯罪を犯し、これを隠蔽しているのだ。


 原田検事総長の心中も複雑だっただろう。自らの決断で「裏金作り、嫌疑なし」として巨悪にふたをし、検察としての存在理由である「正義」を犠牲にしたからである。ここには、過去培われてきた「検察イコール正義」という神話と、検察OBに対する配慮もあったと思う。また、検事総長として天皇から認証され、正義を体現するはずの原田自身が、犯罪に手を染めた事実を自分自身で受け入れたくない、という思いがあっただろう。

 そんなとき、私は原田の幕引きを見て、それまでは匿名であったが、現職のまま実名で、裏金問題をマスコミに知らせようと再び動き出したのだ。

 しかし、それを原田が察知すればどうするか。「告発されるかも知れない」と知ったときの、原田の恐怖心は想像を絶する。折しも外務省の裏金問題で、世の中が外務省を猛烈にバッシングしていたころだ。それをわが身一身に受ける覚悟など、できるはずもない。彼は、半ば逃亡者のような心境で方法を探した。

 「三井を黙らせるにはどうしたらいいか・・・」

 そして、これ以上ない悪を自ら抱え込んで、法務検察は動いた。でっち上げで私を逮捕することこそが、彼らの出した答えなのだ。

ドタバタ逮捕
 でっちあげ逮捕が私に及ぶことは、私は全く気付かなかった。その気配も感じなかった。それが作られた事件であったから。だが、裏金作りを公表するというからには、検察はなにがなんでも、どんな手段を使ってでも、堀の中に閉じ込めるのではないか。裏金作りを「嫌疑なし」にして、真っ黒を真っ白にしたのと同じように・・・。

 法務検察はやろうと思えばどんなことでもできるのだ。そのことに思いを致さなかったのが、私の不徳の致すところである。


 このときの原田の焦りを端的に表すエピソードがある。ぜひご紹介したい。悲喜劇とも言えるようなドタバタ劇だ。

 平成一四年四月一七日、週刊朝日の山口一臣から、私が勤務していた大阪高等検察庁公安部長室に直接の電話があった。二二日の昼からテレビ朝日「ザ・スクープ」キャスターの鳥越俊太郎氏が取材収録をしたいといっている、とのことだった。私がこれを了承すると、二二日に場所を連絡する、といって、その電話は切られた。

 保釈になってから山口一臣から聞いたことだが、この電話をかけたとき、直通電話のはずが、なぜか違うところに転送された、ということだった。おそらくそのタイミングで盗聴なり、何かの細工をしていたのだろう。収録日程や場所の情報は、これによって検察側に筒抜けになっていたのではないか、というのだ。いずれにしても、テレビで裏金問題を「スクープ」されたらまずいと思った検察は、どこからか収録の日程を聞きつけ、すぐに行動に移る。

 翌一八日午後三時ごろ、大阪高検の大塚清明次席検事から、それまで眠っていた私のでっちあげ逮捕につながる「荒川メモ」(後述)が大阪地検に手渡された。

 しかし佐々木茂夫大阪地検検事正は、私の逮捕に反対したという。原田検事総長が、直接東京から陣頭指揮した逮捕だといわれている。そこで主任の大仲士和検事が急遽、逮捕に向けた諸準備を始めた。そして、第一次逮捕が敢行されることになる。

 結局、私は大仲検事の捜査報告書一本で逮捕され、通常は逮捕時に準備される関係者の調書は、一通もない。

 私の取り調べをした水沼裕治検事は、逮捕前日の二十一日夕方、日曜日も終わるかというときに召集された。主任検事の大仲が裁判官に令状請求し、裁判官から許可が下りたのが二十一日の深夜である。

 読者は、「微罪」ですらなく、関係者の調書もない第一次逮捕の案件(後述)で、令状が裁判官からすぐ出るのか、と不思議に思われるかもしれない。だが、これが裁判官は「自動販売機」と言われるゆえんである。待ち焦がれた令状を取るために、大仲はその日ホテルに泊まったとのことだ。

 そして、翌二二日早朝、私は当時の自宅の玄関先で、大阪地検特捜部の検察事務官から任意同行を求められ、車で大阪高検まで連れて行かれることになる。三七階が私の通常の部屋だったが、その日は二〇階あたりに連れて行かれ、何も言わずにいきなり午前九時ごろ逮捕となった。

 任意同行の情報が検察からリークされ、読売新聞社記者から同行時の写真を撮られた。リークしてもらった見返りに、読売新聞社は悪徳検事ぶりを書き立てた。もちろん、裏金作りの報道は一切しなかった。

 私が「口封じではないか」と発言すると、水沼検事はきょとんとした顔をしていた。なぜなのか。検察の裏金作りは次席検事にならないとその実態は分からない。彼はその経験がないため、知り得ない。また、私が裏金作りを公表しようとしていたことも、彼は知るはずもない。だから何のことか分からなかったのだ。急遽前日夕方に召集されたので、彼は事件の内容もさっぱり分からなかった。

 当初の取り調べはただ身上経歴を聞くだけであった。身上経歴などは高検にすべての資料が保管されている。それを見ればいいことなのだ。事件の内容の取り調べができないので、このような調べをしたのだと思う。

 その後も毎日、夕方から一時間くらい取り調べがあっただけで、二〇日間の勾留中、二〜三日間はまったく調べのない日もあった。私から供述を引き出すという捜査ではなく、でっちあげ贈収賄事件の相手である企業舎弟・渡真利忠光らの供述だけを固める捜査であったようだ。

 この水沼検事であるが、その後鹿児島地検次席検事になったようだ。私がそれを知ったのは、鹿児島県志布志で県議選に絡む公職選挙法違反事件が起こった、との報道からだ。この志布志事件は架空の選挙買収事件で、すでに無罪が確定しており、まったくの冤罪事件である。その捜査手法にも問題があった。これは鹿児島県警と検察の大失態事件だ。その捜査責任者が、この水沼検事であったのだ。

 水沼検事は現在高松高検次席検事である。同次席検事は検事二号俸。これは、検事の給与階級では上から二番目の位にあたる。つまり、次は検事正になる、ということだ。大失態を演じても、処遇にはなんら影響を及ぼさない典型的な事例ではないか。法務検察の体質とはこういうものである。

裏金作りの実態
 話を「けもの道」に戻し、その全容をじっくり振り返ろう。これを暴き、告発していくことでしか、正義を全うすることはできないからである。

 その前にまず、法務検察の裏金作りの実態を簡単に説明しておこう。

 裏金の原資となっていたのは法務省予算である調査活動費である。本来は情報提供者に謝礼として支払う予算である。だが、これがすべて裏金に回っている。

 そのからくりはこうである。

 架空の情報提供者をでっちあげて領収書を偽造し、支払ったことにして金をプールする。領収書偽造のほかにも、架空の支出伺い書などの虚偽の公文書を作成する。その金をプールした金は、地検であれば事務局長、高検の場合は事務局次長が自分の部屋の金庫に保管する。裏金を使えるのは地検であれば検事正、高検であれば検事長、最高検であれば検事総長、法務省であれば事務次官、刑事局長、官房長だけである。

 したがって、次席検事や事務局長などは、領収書の偽造や裏金の保管などにはかかわっていても、一切使うことができない。その裏金は検事正などの遊興飲食費、接待費ゴルフ代、マージャン代、観光代等に使われる。一晩に四〇万円くらい使う場合もある。マージャン代として一〇万円を毎月その裏金からもっていった検事正もいたほどだ。

 全国一律に、このようなからくりで裏金作りが行われていた。年間調査活動費予算は、全国の検察で約六億円ないし七億円であった。一円も本来の用途には使われていない。すべてが裏金として使われていた。

 この裏金は国民の血税であることを決して忘れないでほしい。一〇年間で約六〇億円ないし七〇億円、二〇年間で一二〇億円ないし一四〇億円。これらが遊興飲食費などに使われたのだ。

 樋渡利秋現検事総長は、刑事局長当時、参院予算委員会(平成一六年三月一九日)において、

「裏金作りは業務上横領、詐欺、私文書偽造罪などが成立する」

 と、犯罪であると明確に答弁している。

 私は昭和四七年に検事に任官し、昭和六三年に高知地検次席検事になった。そのとき初めて裏金作りを知った。以来三年、平成五年から高松地検次席検事の三年、合計六年間、裏帳簿などの決済をした。検事正のお供で接待などもしてきた。したがって裏金作りの実態とからくりは十分承知している。裏金作りは虚偽公文書作成、同行使、私文書偽造、同行使、詐欺などの犯罪である。したがって、私も"共犯者"である。

 ちなみに、いまの検察庁の調査活動費予算は七五〇〇万円くらいのようだ。私のころと比べると一〇分の一程度になっている。これはさまざまな告発の成果といえるだろう。だが、法務省全体の調査活動費予算は変わっていない。つまり、その一〇分の九はどこかでダブついている状態と考えられる。まだ、私が知っている裏金の使われ方は、変わらない悪習として残っているといえる。

 だからこそ、私はこの裏金をめぐる真実を伝える義務がある。先に述べた検察の組織的な裏金作りという犯罪の分岐点は、平成一三年一〇月末にあった。原田検事総長の判断の誤りが、後に大きな災いをもたらすことになる。そのきっかけは、大阪にあった。

加納を辞めさせるか、検事長にするか
 私は平成一三年三月と五月に、私の盟友である四国タイムズ社の川上道太社長を表向きの告発人として、大阪地検の加納駿亮検事正を裏金作りの犯罪(虚偽公文書作成、同行使、私文書偽造、同行使、詐欺)で最高検察庁に刑事告発していた。そして週刊文春(平成一三年一一月八日号)、週刊朝日(平成一三年一二月七日号)が大々的に私への取材により、報道していた。

 週刊文春は「現職幹部がすべてを語った 最後の聖域 検察庁組織ぐるみ 『機密費』横領を告発する!」「公金を私的に使っての贅沢三昧が国民の怒りを買った外務省の機密費事件。だが、信じられないことに、それを捜査する立場の検察庁でも、まったく同様の「裏ガネ横領疑惑」が発覚した 最強の捜査機関における、この重大疑惑を断じて看過するわけにはいかない!」などと報じていた。

『 また、週刊朝日は「現職幹部が衝撃告発!! 検察「裏ガネ」の全貌」「組織ぐるみの裏ガネ「調査活動費」の驚くべき実態」「裏ガネづくりどころか、高検検事長人事をめぐって自らの「罪」がバレそうになると、驚くべき隠蔽工作に走った」と、原田検事総長による「嫌疑なし」などの判断を報道したのだ。

 平成一三年一〇月、法務省は加納を福岡高検検事長にすべく、森山真弓法務大臣に上申していた。しかし森山法務大臣は、加納が刑事告発されていることを理由に、この人事に難色を示した。小泉内閣としてこの人事を承認し、刑事告発が「黒」であれば、その責任は内閣が負わなければならないからだ。法務省は内示がなかなかできなかったため、報道が過熱し、大手新聞まで報道しかねない状況下にあった。

 複数のジャーナリストらの報道によれば、原田検事総長は、加納大阪地検検事正を辞職させればそれでことが収まる、と考えた時期もあったらしい。なぜなら、私と加納との人事をめぐる確執であったから・・・。加納が辞職さえすれば、私が矛を収めるだろうと考えたようだ。

 だが、元検事総長である土肥孝治が動いた。原田検事総長に対し、加納を検事長にすべしと、検察OBが人事に口を出したのだ。
原田検事総長は法務省を中心に異動した、いわゆる赤レンガ派の代表格で、捜査現場はほとんど経験がない。これが現場派総長であれば、このような選択はしなかったのではなかろうか。

 一〇月末、法務検察の世紀最大の汚点が実行された。

 元法務大臣の後藤田正晴氏に近い筋からの情報によると、原田検事総長と松尾邦弘法務事務次官、古田佑紀刑事局長が、他界された後藤田氏の事務所を訪ね、加納人事が承認されないと裏金問題で検察がつぶれると、泣きを入れたと言われる。これを後藤田氏は後に「けもの道」と名付けたと言われる。

 検察がときの政権にすり寄って、貸し借りを作る。これは検察が政権に対して取るべき道ではない。人が取る道でなく、私が「けもの道」というゆえんなのである。

 政権側も、検察が隠し持つ毒を「飲み」、表面的にはうまくおさめる。そうするとその共犯の行為が、検察と政権のその後の関係を決定していくことになるのである。

 なぜ、このような選択をしたのか。

 多分、検察の組織的な裏金作りの犯罪が公表されると、約七〇名の検察幹部の懲戒免職、国民からの刑事告発、使った金の国への返還、検察幹部OBへの波及など大問題に発展し、検察の信用は一気に失墜し、一時的にその機能が麻痺すると考えたのだろう。

「真っ黒」な事件を「真っ白」に
 検察の原点は、

(一) 真実のみを追究し、それを確定する

(二) 政権に貸し借りを作らない

 という二点にある。


 (一)、(二)を破ってしまえば、政権への捜査が進む中、検察最大の弱点である「裏金作り、公表しようかね」と一言いわれたら、捜査を打ち切りせざるを得ない。

(一)についていえば、検察の裏金作りの犯罪は、内部では公知の事実である。それなのに原田検事総長の指示により、最高検から加納氏への刑事告発事件を回された大阪高検と高松高検は、「嫌疑なし」と裁定し、「真っ黒」を「真っ白」にした。検察自らがほとんど捜査もしないで、「真っ黒」を「真っ白」にしたのだ。自らの犯罪を隠蔽するために、検察自ら正義の全うを否定した。

 逆に言えば、検察が暴走すると「真っ白」な事件を「真っ黒」にすることもできる。検察はやろうと思えば何でもできる。それを検察自らが実証したのだ。私の事件がまさにこれである。えん罪と言われている事件を検証すれば、このような事件は多い。「嫌疑なし」としたことは、原田検事総長らに犯人隠匿罪が成立する。加納氏は裏金作りの犯人である。検察は自らの捜査権を盾に取り、完全犯罪を犯した。

(二)についていえば、結局、時の政権への原田検事総長が選択した「けもの道」により、小泉内閣は加納人事を一一月一三日に承認した。そして一五日、人事が発令され、天皇を欺して、犯罪者を認証式で認証させた。

 さらに平成一四年四月二三日、私の逮捕の翌日に原田検事総長、森山法務大臣は記者会見をして、

 「検察の組織的な裏金作りは事実無根である。そもそも存在しない」

 と国民に大嘘をついたのである。

 それが出発点となって、仙台オンブズマンによる裏金作りの情報公開裁判(平成一四年)では、裏金についてまったく言及しないという虚偽の準備書面を提出した。また、法務委員会での社民党の保坂展人議員による追及でも、法務省幹部検事が「裏金は一切存在しない」という虚偽答弁をするにいたった。オンブズマン裁判でも私の裁判の控訴審でも、検察の裏金作りの犯罪は一部認定された。

 それでもその裁判を無視して、平成二〇年三月、鈴木宗男議員による福田内閣への質問趣意書による追及でも、内閣は「以前調査済みで、調査の必要はない」と回答したのである。検察から政権への「けもの道」を選択したことにより、法務検察最大の弱みである検察の組織的な裏金作りの犯罪を、政権に握られてしまう。そこで自民党政権と法務検察とが一体となった。そこに貸し借りができたのだ。

 検察と政権の両者は後ろめたい関係となり、両者はゆ着して検察権はゆがむ。これがその後の特捜部捜査に、大きな影響を及ぼすのである。

 法務検察は政権への「けもの道」によって、加納人事を乗り切った。だが自らの組織的な犯罪を隠蔽し続けなければならなくなった。犯罪者が犯罪を隠蔽しようとすることは、ままよくあることである。だが、検察という最強の捜査機関が自らの犯罪を否定し、隠蔽を続ければ一体どうなるであろうか? それを政権は利用するであろう。また、弱みを握られているため、検察は本来の検察権の行使ができなくなる。
 
 私の逮捕と、その後に起きた外務省三等書記官の佐藤優をめぐる背任などの事件、鈴木宗男議員をめぐる贈収賄事件、日歯連事件、朝鮮総連ビルをめぐる元公安調査庁の緒方重威の詐欺事件、小沢幹事長の公設秘書による政治資金規正法事件、小沢幹事長の土地購入をめぐる事件などを振り返ると、その底流には法務検察最大の弱みである犯罪を隠蔽し続けていることが、特捜部の捜査に大きな影響を及ぼしていることに気づくであろう。

 大きな影響とは、ある事件は捜査を打ち切らざるを得なくなり、ある事件は政権与党が法務検察を利用する、特捜部の捜査そのものが「けもの道」になっていく、という意味である。捜査が右往左往するだけでなく、現場サイドと、法務検察首脳との間で、捜査の進め方をめぐっての乖離が見られる。それは「けもの道」を知っている首脳と、知らない現場との乖離、と言ってもいいのではないだろうか?

裏金報道を隠すための逮捕

 私の逮捕は、先にも述べたように、法務検察の組織的な巨額の裏金作りの犯罪を隠蔽するためにでっちあげられた、口封じ逮捕である。

 ちなみにその中身は、登録免許税の軽減の証明書一件を区役所から詐取した詐欺事件。銀行ローンを組むため先に住民票を移動し、その空白期間の一週間を不実記載とした事件。前科調書等を検察事務官に指示して入手した、公務員職権乱用事件。事業資金として二〇〇万円を無利息で貸与し、その謝礼として三日間二二万円相当の飲食接待を受けた収賄事件である。その詳細は後で書くことにする。(第二章参照)

 私を口封じ逮捕したのに、マスコミがずっと報道し続けるならば、逮捕した意味はない。そこで、法務検察はどう動いたのか、この点について触れたい。

 私が逮捕された八日後のことだ。東京地検特捜部はいわゆる「ムネオハウス」にからむ偽計業務妨害罪で、鈴木宗男議員の公設第一秘書である宮野明ら七人を逮捕した

 また、五月二日、千葉地検は元参議院議長である井上裕の元政策秘書ら六人を競争入札妨害罪で逮捕した。

 同日には静岡地検が、マイクロソフトの日本法人元常務を所得税法違反の罪で在宅起訴をしている。加えて同地検は航空機事故でパイロットを在宅起訴。さいたま地検は元東京都福祉局長を、特別養護老人ホームの建設を巡って国庫補助金を不正受給したとして逮捕した。

 五月一四日には、東京地検特捜部は外務省の三等書記官の佐藤優を、外務省関連の国際機関「支援委員会」の不正支出事件(背任罪)で逮捕。

 六月一九日、製材業者「やまりん」に絡む斡旋収賄罪で鈴木宗男議員を逮捕した。

 ご存じの通り、その間に外務省官僚、民間業者ら一〇人を逮捕。

 このように東京、千葉、静岡、さいたまの各地検が、次々と摘発を続けた。

 この一連の動きについて、多くのジャーナリストは「検察自らが創りだした裏金問題の報道をさせないため、自転車操業的に逮捕を繰り返した」という。

 検察捜査に詳しい元産経新聞社会部記者の宮本雅史氏は、検察幹部が「あんまり三井事件で検察庁を叩くと鈴木宗男事件の捜査情報が入りませんよ。分かっていますね」と、露骨な恫喝をされたと伝えている(『歪んだ正義 特捜検察の語られざる真相』情報センター出版局刊)。

 しかしテレビ朝日の報道番組「ザ・スクープ」は、四月二七日、私の逮捕劇と調査活動費問題について特集した。これは、本来なら四月二二日に、私が「法務検察の裏金問題」について受けたインタビューの内容を報道するはずだった番組だ。

 そして、五月二三日の参議院法務委員会で、調査活動費問題が集中審議される。すると、東京地検特捜部は鈴木宗男議員の自宅、事務所などの捜索をその日に合わせて実施した。この「効果」は凄まじく、ニュースの内容はほとんどが「鈴木宗男議員の"疑惑"」一色となり、調活費関連のニュースは流れてしまった。

結果的に特捜部によって、調活費問題のニュースが潰された格好になったのだ。

 このようにして法務検察の情報操作が功を奏し、裏金問題を報道するマスコミは、それ以降なかった。

何でもいいから逮捕しよう
 鈴木宗男議員は、国後島の「ムネオハウス」入札をめぐる事件や、国後島ディーゼル発電施設入札をめぐる事件で、大いにニュースを騒がせる。この情報源は検察からのリークだ。これによって宗男議員は、「疑惑の総合商社」とダーティなイメージのレッテルを貼られることになる。そして大手マスメディアや世論の関心は否応なしに、鈴木宗男議員逮捕にむけた検察の動向に集中していった。逮捕された六月一九日には、すでに鈴木宗男議員は大悪人に仕立て上げられた。

 当時の政権である小泉内閣は構造改革を推進していた。鈴木議員はその抵抗勢力として生贄にされたわけだ。また、「鈴木宗男=大悪人の逮捕」という勧善懲悪な逮捕劇によって裏金問題の報道を封じるという意味も、この逮捕にはあった。「けもの道」により、小泉政権と法務検察の利害が一致したことによって作られた逮捕であると私は見ている

 ところが国後島の「ムネオハウス事件」にしても、「ディーゼル発電施設事件」も、捜査は不発に終わる。そのため、「やまりん」に絡む斡旋収賄罪、島田建設の工事受注を巡る受託収賄罪で逮捕せざるを得なかったのだ。これだけ大々的に報道されたのであるから、 「何でもいいから逮捕しておこう」というところだったのではないだろうか。

 しかし、やまりんや島田建設の事件は、発生から四年が経過しており、こうした贈収賄事件の場合、従前は贈賄側が時効(三年)となった事件を検挙することはなかった。というのも、収賄側の時効は五年であるが、相手方(贈賄側)の時効が完成しているので、相手方は起訴されることもなく、供述が得やすいため、検察の思うとおりの調書がいくらでも作成できる「危険性」があるからだ。

 また、本件で特徴的なのは、斡旋収賄罪はいずれも「表」の金であり、領収書も存在し、政治資金規正報告書にも記載されている金である、ということだ。「表」の金で立件逮捕した事例は、鈴木宗男議員の事件くらいではないだろうか。いずれにしても、東京地検特捜部の鈴木議員に対する捜査は当初の目的を達成しておらず、私は失敗した捜査の一例だと思っている。

急な捜査打ち切り――日歯連事件
 次に日歯連(日本歯科医師会)をはじめとする政治資金規正法事件違反につき、みてみたい。

 この事件は、大物政治家の関わる事件の検察による捜査が途中で不可解に打ち切られ、当事者は起訴されず、当事者でない人間が起訴された冤罪事件として、特異なものである。

日歯連とは、全国の歯医者から会費を取って、運営している公益法人である。日歯連は、医者と歯医者との診療費の格差が広がる一方だと危機感を抱き、診療報酬改定を自民党議員に強く要望し、多額の裏献金を続けていた。

 平成一三年一月から同一五年の間に、自民党の国会議員に約二二億円の金をばらまいたとされる。その結果、平成一四年には「かかりつけ初診料」が前年二一〇億円だったのが、一〇七〇億円に増加した。

 日歯連の裏献金システムは、いわゆる「迂回献金システム」ともいわれる。日歯連は特定の自民党国会議員に金を渡すに当たり、最終的に金を渡したい国会議員を指定。まず、自民党の政治資金団体である「国民政治協会」に献金する。「国民政治協会」は献金を受け取って、領収書を発行し、協会への献金として会計処理する。最終的には指定された国会議員に金を渡す。

 事件の発端は、平成一三年七月二日夜、東京・赤坂にある高級料亭「口悦」で橋本龍太郎元首相、野中広務元自民党幹事長、青木幹雄元参議院幹事長が、日歯連の臼田則夫会長らと夕食をともにし、臼田会長から橋本元首相に、額面一億円の小切手が手渡されたことから始まる。

 橋本元首相はこれを受け取り、同派の政治団体「平政研究会」の滝川俊行事務局長が金庫に入れて、まもなく現金化した。


平成一四年三月が提出期限となっている同一三年分の政治資金収支報告書に、一億円の献金の事実を記載しないで裏金として処理したという。まぎれもない政治資金規正法違反事件なのである。

 東京地検特捜部が、政治資金規正法違反の情報を入手したのは、平成一五年になってからである。同年八月に滝川事務局長を逮捕、起訴。同人の証言を唯一の根拠として、平成一五年三月一三日、村岡兼造元官房長官を在宅起訴した。現場にいた橋本龍太郎元首相、野中広務元自民党幹事長、青木幹雄元参議院幹事長の三人は、起訴せずにである。

 なぜ、このようにゆがんだ捜査となったのか。

 結局、村岡は一審で無罪となった。その判決理由は、「滝川事務局長の証言は橋本氏ら派閥の幹部や自民党全体に累が及ばないよう」虚偽証言をした可能性があるというものだった。

 しかし東京高裁は逆転有罪とし、「禁固一〇月執行猶予三年」の判決を下した。その判決理由の中で「他の派閥幹部も起訴する処理も考えられた」と述べ、検察捜査に異例の注文をつけた。

 また、東京第二検察審査会は、平成一七年一月一九日、橋本、青木、野中の三人を起訴しなかった検察の判断につき、「不起訴不当」の議決をした。しかし特捜部は三人とも「不起訴処分」の判断を下している。

 この事件の検察捜査は、きわめて不透明な形で幕引きがはかられたことで、多くのジャーナリストの見解が一致している。

「本来裁かれるべき巨大な不正の痕跡にはふたをし、引退した老政治家にすべての罪を押しつけるかのような捜査からは、政治と検察との間に沈殿する腐臭すら漂ってくる」


 と評するのは、ジャーナリストの青木理氏だ。

 まず、同違反の事実についてみる。

 一億円の金を、いったい何に使ったのか。それが捜査の最大の争点である。当時は参議院選挙の直前であった。平政研究会には約一〇〇人の議員がいた。それらの議員の選挙活動資金ではなかったのか? そうであるなら、公職選挙法違反事件へと発展する。

 また、当時は診療報酬改定にむけ、日歯連は奔走していた。その依頼の趣旨の金ではなかったのか? そうであるなら、贈収賄事件へと発展する。

 領収書を発行しないで裏金処理したのは、犯罪性があるからではなかったのか? 当然これらの点が、重大な捜査の対象となる。

 ところが、なんらその使途についての捜査をした形跡が認められない。

 橋本元首相は取り調べ時、「一億円の小切手をもらった記憶がない」と供述したが、それ以上突っ込んだ取り調べはなされていない。「記憶がない」というのは、木で鼻をくくるようなことではないか。結局はお茶をにごした捜査だったのだ。その巨大な闇にすべてのふたをしてしまった。通常ではあり得ない、信じがたい捜査なのだ。

 小沢幹事長をめぐる土地疑惑事件では、四億円の原資を追及するため、石川議員らを逮捕勾留した。小沢幹事長を狙った捜査と対比すれば、いかに異常な捜査であるかがわかる

 日歯連事件は本来、献金を自ら受け取り、秘書が政治資金収支報告書に不記載としたことの監督責任があった橋本龍太郎が主犯格であり、野中、青木も同席したことで関与の責任を問われ、逮捕、起訴を免れ得ない、闇献金事件なのである。

 巨大な闇にすべてふたをした理由は、いったい何だったのだろうか? その回答はやはり、政権と検察との「けもの道」にある。

野中広務に裏金問題を聞かれる
 実は、私のでっちあげ逮捕直前の平成一四年三月末、京都駅前にある新都ホテルにおいて、私は野中広務と会ったことがある。京都の野中の事務所の青木秘書から、裏金問題で野中が会いたいと言っているという連絡があった。そこで私が新都ホテルに行くと、青木秘書ともう一人の秘書が出迎えてくれて、エレベーターに乗り、だいぶ上の階だったと記憶しているが、ホテルの部屋に行った。そこに野中が待っていてくれた。

 その部屋はホテルを事務所に改築したもので、一対一で一時間くらい裏金作りの実態と、「けもの道」の話をした。

 野中は「裏金問題は改革しないとダメだ」と言われた。当時は鈴木宗男議員の疑惑報道がなされていた。野中は、「北方領土問題解決のためには鈴木宗男は必要な人です。彼がいないと解決できない」と話されたのをよく覚えている。


このように、野中は法務検察の組織的な裏金作りの実態と、政権と検察がゆ着した「けもの道」を知っていた人物の一人である。

 当時の政権は、平成一三年一〇月末の「けもの道」のやりとりのときと同じ、小泉政権である。検事総長は、「けもの道」当時の法務事務次官であった松尾邦弘検事総長であった。当然、橋本元首相、青木参議院幹事長らも、「けもの道」のやりとりを知っていたものと思われる。

 東京地検特捜部は、野中と村岡元官房長官の二人を起訴したい方針であった。だが、松尾邦弘検事総長は一人でいいと指示し、結局、野中は起訴猶予処分となった。

 野中が「裏金を公表しようかね」とさえ言えば、自らの起訴は免れたであろう。いや、そこまで言わなくとも、匂わせさえすれば十分だ。また、橋本元総理、青木元参議院議員幹事長らに対しても、起訴することはできなかったと思われる。

 どうしてか。

 起訴すればその報復として、法務検察の裏金問題が公表されるかも知れないからだ。そのため、その巨大な闇にすべてふたをしたのではないか
。私はそれ以外の理由はないと考えている。

 日歯連事件は、約八ヵ月にわたって捜査が遂行され、大々的に報道された事件である。国会議員一人だけは何としても起訴しないことには、検察のメンツ丸つぶれである。だが、中心人物は「けもの道」により守られ、起訴できない。そこで、目を付けられたのが村岡であった。議員を辞めており、「けもの道」のなんたるかすらも知らない村岡は、いわば「けもの道」の犠牲者である。

迂回献金捜査の打ち切り
 特捜部は政治資金規正法違反の捜査の過程で、日歯連から約五億円が、診療報酬改定をめぐって自民党議員約二〇人に渡っているとの確証を掴んだ。贈収賄事件などの大疑獄事件へと発展する様相を呈した。

 そのまま捜査が進展したなら、小泉政権そのものに大きな打撃を与えただろう。自民党政権が崩壊する危険性もあった。

 ところが、捜査の最終局面において、松尾検事総長が捜査の打ち切りを指示したと言われる。それに反発した特捜検事の一人が辞職したという。検事総長が特捜部の捜査の打ち切りを指示する。通常ではあり得ない。


 松尾検事総長は若手検事の頃から、贈収賄事件などの独自捜査を遂行した。以前は現金による贈収賄事件のみの立件しかなかった。飲食接待の贈収賄事件は立件することもなかった。大蔵省のいわゆる「ノーパンしゃぶしゃぶ接待」を、初めて立件逮捕起訴した人でもある。清廉潔白な人で、大疑獄事件に発展するような政界の大贈収賄事件の捜査を、途中で打ち切るような人ではない。

 というのも、以前、松尾検事総長の松山地検検事正時代に、私は氏と手紙のやりとりをしたことがあるからである。平成一二年四月一七日に送られた手紙には、彼の独自捜査の経験や検察官の心構え、使命感について書いてあった。少し長いが、引用させていただく。

 独自捜査の過程で困難に直面し、安易な道を往けばよかったと、一度ならず思ったものでしたが、そうしたことに懲りずに同じ道を往き、一度は辞表を書くまでに至った こともありますが、このときは検事正、先輩に助けられ、職に止まることになりました。

 大切なことは、事件にきちんと向き合う姿勢を堅持することにあるように思います。送致事件であれ、独自捜査事件であれ、事件の捜査の終局処理を国民から託されている検察官としての誇りを心の底にしっかりと持つことが大切だと思います。

 力強くしたためられた文字を見る限り、彼の本心の言葉であると私は確信している。

 そんな松尾検事総長が、独自の考えで打ち切りを指示したものでない。断じてそれはあり得ない。松尾検事総長は涙ながらの苦渋の決断をしたのだと、私は考えている。検察首脳が「けもの道」という最悪の選択をしてしまったために・・・。

 他方、特捜部では一人の若手検事が辞表を提出し、退職した。彼は「将来の特捜部を背負っていく存在」とまで言われた優秀な人材だったという。退職の本当の理由は定かではないが、「日歯連事件の捜査方針が納得できない」と周囲に漏らしていたという話だ。彼はなぜ捜査が打ち切られたのか、まったく知らないはずだ。

 松尾検事総長が下した判断の「本当の意味」を知っている法務検察幹部は、ごく一部である。特捜部の連中は多分知らないだろう。この事件はそれぞれの立場で苦悩し、人生を歪めた事件だった。

 それではいったい、何があったのか? 打ち切りの闇には何があるのか。
それは、検察が抱える自らの大罪、つまり政権へのすり寄りという「けもの道」以外にないのではないか。それ以外の理由では、政治資金規正法違反事件において、一億円の闇献金の捜査をしなかったことを説明することはできない。迂回献金疑惑の捜査を打ち切ったことも、説明することができない。

 法務検察は日歯連事件の真相解明よりも、解明をした場合の小泉政権による反撃が恐ろしかったのであろう。個人が犯罪を犯したとき、ひた隠しにする。いつ発覚するかもしれない恐怖を持ち続ける。それは、法務検察組織もまったく同じではなかったろうか

 最悪の道を選択したその影響は、計り知れない。

検察の大罪 裏金隠しが生んだ政権との黒い癒 著者:元大阪高検公安部長 三井環
(講談社刊)本文29〜59ページより抜粋


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