辻元議員へ。  支持者に応えて力を発揮できるところで政治活動を

  • 2010/07/30(金) 09:55:40

 社民党の辻元議員離党のニュースが流れた。







政治家としての苦難を乗り越えて、民主党との連立政権で国土交通副大臣に就き、民主党議員と仕事をし、政権にさまざまな意見を反映しようとしていた時に社民党は連立を離脱、辻元議員のみならず多くの有権者がどれだけがっかりしとことかと思う。

 民主党と連立を組み政権の中にいながら協力して少なくとも今までよりもよくしていこうというより、常に野党としての批判政党としてのスタンスしかとれなかったということに、参院選で沖縄県民は判断を下したように思う。

見方を変えれば、政権の中にいて与党を分裂させ、政権に参加して政策を実現できる立場を放棄し、沖縄県民のためといいながら何も結果としてなしえなかったと言ってよい。

連立がうまくいかなければ自公政権に戻ることにもなりかねない。

あれだけもめなければ一時的には辺野古に移転しても2014年にはグアムに移転いていたかもしれない。(最もグアム移転延期については対北朝鮮問題もあるのだろうか?)

沖縄県民を混乱させ、収拾をつけられなくなってから連立を組んできてその苦難にいっしょに立ち向かうのではなく、さっさっと離脱してしまう今の社民党は、結局のところ共産党と同じスタンスしかとれないのだと思われる。

野党にいて今まで通り政権政党に反対するところにしか政党の存在意義を見出せないのであれば、連立を離脱するしかないであろう。

ただ、有権者は社共でやはり一緒に組む方が社民党には合っているのだろうと思うだろう。

辻元議員がウエブサイトで、

「おそらく社民党の筋を通す行動は認めつつも、しかし政権と関わりながらそれを実現していく道を、もっと真剣に辛抱強く探るべきだという有権者のご批判もあったかと思います。

私は国土交通副大臣を経験させていただきました。それは現実の矛盾の塊への挑戦であり、利害調整の最前線でした。私は、JAL再建問題、JR不採用問題の和解、中国人観光客のビザ緩和や生活困窮者への総合的サポートなど自民党政権では成し得なかったことに取り組む中で、理念と現実を往復しながら物事を具体的に動かす、これが政治だということも改めて確かめることができました。

そんな中で、私は、現実との格闘から逃げずに国民のための仕事を一つずつ進めていきたいという思いが強くなりました。」と述べている。

辻元 議員を応援したのは、社民党支持者だけでなく、民主党・国民新党他の支持者もいたからで、だから政権に参加し、政党の意向も反映することができたのだといえる。

有能な議員のこと、これからは今までのような社民党という小さな枠にとらわれず、支持者のためにも政権参加できる場で力を思う存分発揮していくことを大いに期待している。

 市民活動をしている者が政党の中に埋もれることなく、どんどん意見を反映させられるように辻元議員を中心に取り組んでいってもらいたいと思う。

せっかく一緒に民主党議員と仕事をしていたのだから、民主党の中のそのような場(民主党は、現在もNPO・NGOの受け皿となっているが)をさらに発展させて、政権に市民の意見を反映させていってもらえればと思う。  



「これからは無所属議員として活動を始めます。願うところは、参議院選挙後の流動的な政治情勢の中で、私の政治信条を果たすべく、新たな挑戦に進みたいということです。(略)

私はいま、現実政治のなかで政策の実現の可能性をギリギリまで求めていく政治活動に出発したいと思います。それは、大海原に丸太で乗り出すことかもしれません。しかし、精一杯前に進みたいと思います。」

 

 今私は、この辻元議員の気持ちを応援しようと思う。これまで彼女を育ててくれこれからの道も約束されている政党を離れて、新たな出発をしようというその決断にエールを送るのは、私だけではないはずだ。

 長い間いた政党を離れてみて、それまで常識となっていた物事に対する見方も変わり、さらに広い視野と意見を受け入れることで判断することができるようになるのだと思う。

民主党の議員と仕事をして、今までとは違った見方や考え方から政治を見直すことになったのかもしれない。

 いずれにしても、自分の人生、気持ちに正直にそして大切にして、悔いのない道を歩まれますよう、これからの頑張りに期待しております。





http://www.kiyomi.gr.jp/blog/2010/07/27-2007.html
2010年7月27日
私の離党届提出について
私は社会民主党に離党届を提出しました。

私は今日まで、社民党で政策実現を果たしたい、果たすためにはどのようにすればよいのかを考え続けて行動してきました。それは、小さな政党にとって決して容易なことではありません。いつも現実を一ミリでも前に動かそうと苦悩を抱えながら毎日、試行錯誤をしてきました。
しかし本日、私は離党の決意をするに至りました。
これからは無所属議員として活動を始めます。願うところは、参議院選挙後の流動的な政治情勢の中で、私の政治信条を果たすべく、新たな挑戦に進みたいということです。

この間、連立政権への参加、普天間問題をめぐる政権離脱、そして参議院選挙という一連の出来事がありました。振り返って社民党の政権離脱は基本方針に照らしてやむをえなかったことでありました。私は、政治の場で筋を通す意義を大切に思います。市民の運動と連携していく重要性も十分認識し、共に行動してきました。一方で小さな政党にとって政権の外に出たら、あらゆる政策の実現が遠のいていくことも心配でした。何がこの先、社民党の正しい方向なのか最後まで悩みました。

そして参議院選挙では、社民党は比例区で2議席を確保したものの、残念ながら大きく得票を減らしました。これは一体なぜなのか。おそらく社民党の筋を通す行動は認めつつも、しかし政権と関わりながらそれを実現していく道を、もっと真剣に辛抱強く探るべきだという有権者のご批判もあったかと思います。

私は国土交通副大臣を経験させていただきました。それは現実の矛盾の塊への挑戦であり、利害調整の最前線でした。私は、JAL再建問題、JR不採用問題の和解、中国人観光客のビザ緩和や生活困窮者への総合的サポートなど自民党政権では成し得なかったことに取り組む中で、理念と現実を往復しながら物事を具体的に動かす、これが政治だということも改めて確かめることができました。

そんな中で、私は、現実との格闘から逃げずに国民のための仕事を一つずつ進めていきたいという思いが強くなりました。

今後も私は、憲法9条を守り、弱い立場の人たちのための政治を目指すこと、それはいささかも変わりません。また私は20代のピースボート時代から、沖縄の方たちと戦争と平和の問題に取り組んできました。普天間基地問題の解決のために沖縄の皆さんと力を合わせてこれまで以上にがんばっていきたいと思っています。

これまで私を育てて下さった社民党の先輩や同僚・党員の皆さまをはじめ全国でご支援いただいたすべての方々に心から感謝申し上げます。

私はいま、現実政治のなかで政策の実現の可能性をギリギリまで求めていく政治活動に出発したいと思います。それは、大海原に丸太で乗り出すことかもしれません。しかし、精一杯前に進みたいと思います。

2010年7月26日  衆議院議員 辻元清美

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