わかった!マスコミが政権交代後も鳩山政権・民主党バッシングをなぜ続けたのかが。

  • 2010/03/31(水) 00:50:04

26日の首相記者会見ビデオ
http://nettv.gov-online.go.jp/prg/prg3282.html

フリーランスやインターネットメディアの記者などの参加を認めた26日の鳩山首相の記者会見をテレビで見て、 「雑感」ブログが、 

「大手は鳩山政権の崩壊を望む方向へスクラムを組み、フリーの記者たちは今起きている事実を正確に伝えようとしているようの思えてくる。

鳩山内閣が存続が出来るか出来ないかは、 フリーの記者たちに大きく門戸を開き、国民に事実を伝えてもらうしかないのである。」
http://udonenogure.iza.ne.jp/blog/entry/1523621/

というのに、私も同感であった。この記者会見で、上杉・神保・岩上発言に注目したい。また、「雑感」ブログに

『今月12日、首相側から内閣記者会に打診があり、24日に記者クラブ側が了承をし、26日の記者会見から解禁をしたということになるのであるが、産経も朝日も実に「解禁をしてやった」風の記事(言い分)なのである。』


とあるが、記者クラブが記者クラブ制度が、既得権益となっており、国民に開かれた会見を阻むものとなっていることが、 「日本のテレビ報道は、いかに腐っているか 5・6」でわかる。

5では、情報公開・クロスオーナーショップ(資本参加によって一つの事業者がテレビやラジオ、新聞などの多くのメディアを傘下に置くこと)について、メディア16社・5系列の新聞・TVに情報が握られ、メディア帝国をつくっていることが述べられており、日本に政権交代がなかったのは、メディアがそれにどのように貢献してきたかがよくわかるので、是非見てもらいたい。

また、みのもんたのようなCMに出ながらキャスターをつとめる(スポンサーとの関係)ことについても6では問題提起されている。


16社が行政情報を握り、情報を流す。その利権が国民への情報公開に不熱心なメディアを育て、記者クラブ・記者クラブ懇談会であらかじめ根回しされ、これに参加しないと情報がもらえないようになっている。

その点でも、フリーのジャーナリストの参加を認めた鳩山政権・民主党は画期的なことを行ったと評価すべきことである。 記者クラブに所属してないから、記者会見の場で自由に意見が言えるのだ。所属している記者はこれまでの政権では、情報をもらう代わりに、取引がされた情報を流すことで政権を守ってきたということができる。

16社の短期的な利益のために、日本国民への情報公開へ消極的にならざるを得なかったことが述べられていることは、政権交代後も続く異常なバッシングがなぜおきているのかがわかる。

つまり、マスコミはその利権にしがみつき、クロスオーナーショップ規制により情報公開された場合その利権を失うから、必死になって抵抗しているのである。

国民の知る権利に答えることを責務とすべきマスメディアが、その使命を忘れ、利権のために動けば、国民はマスメディアの必要などなくなり、テレビも新聞もみなくなるということに気づいていないといってよい。
 
 


必見 
 







「サンデープロジェクト」が終了し、田原総一郎に代わり、小宮悦子が登場するというがどうなんだろうか?

小宮悦子といえば、夕方の「Jチャンネル」でキャスターをつとめていたが、この時間帯の「スーパーニュース」の安藤キャスターと並び、かなり主婦層へ浸透しているように思う。

政権交代後、この他局も含めて4時53分から始まるワイドショー的な番組は、どれも「陰にはこの人がいます」などという小沢攻撃・民主党攻撃を繰り返し、この時間テレビを見る主婦やお年寄りに一方的な情報を流してきた。

このような調子で、日曜日の政治番組もやられたらたまらないと思う。まあ、どのようにやるのかは楽しみだが、おかしくなって視聴者が離れ始めているテレ朝や朝日新聞にとっては起爆剤となるかどうか見ものである。


参考までに高野孟の「サンプロが終わって何が残るのか? 」を挙げてみた。

高野孟の「極私的情報曼荼羅」

http://www.the-journal.jp/contents/takano/2009/12/post_190.html

サンプロが終わって何が残るのか?
 
 

 テレビ朝日は25日、「サンデー・プロジェクト」を来年3月末で終了し、同枠で小宮悦子をキャスターとする新番組を開始すると発表した。

 サンプロは89年4月にスタート。早々から天安門事件、竹下内閣退陣、参院選大敗で宇野内閣も退陣、ベルリンの壁崩壊、冷戦の終結......と地球を揺るがすような大事件が相次いでたちまち波に乗り、とりわけ93年の宮沢内閣瓦解=自民党単独政権の終焉あたりからは、まさに日本の政治を左右するかのような代表的政治討論番組に発展した。

 司会の田原総一朗への好き嫌いはあるだろうが、そういうことを超えて、この番組が日曜日午前中のテレビ世界を1個の「文化空間」とする上で先導的な役割を果たしてきたことの功績は計り知れない。日曜日の朝に早起きして、フジTV「報道2001」から始まってちょっとだけTBS関口宏の「サンデー・モーニング」に寄ってからNHK「日曜討論」を経てサンプロを観る(だからゴルフは出来るだけ土曜日に)----というのは全国的な地方人士のライフスタイルにまでなっていた。

 そうであれば、その文化空間をどう育むかという観点から、サンプロを止めた後にどんな発展的な企画を提起するかの責任がテレビ朝日にはあるはずだが、そんな考慮は何一つないまま、朝日新聞出身の君和田正夫会長(前社長)の「田原嫌い」ゆえの番組打ち切り指令に、初のテレビ朝日生え抜き社長の早河洋は唯々諾々と従った。

 早川は、伝説的な大プロデューサー=小田久栄門の直下にあって、「ニュースステーション」や「朝まで生テレビ」やサンプロを作ってきた張本人で、その意味では田原の歴戦の同志である。が、今回彼が田原に対して語ったことは余りにも情けない、ただのサラリーマン社長としての保身の言葉でしかなかった。

「申し訳ない。サンプロを止めろと言っているのは君和田だ。私は君和田に引き立てられて社長になった立場上、何も言えない。黙って受け入れてくれ」

 だと......。世も末ですよ。加えて早川は田原に、25日の発表を受けて今日のサンプロで「番組終了の挨拶をしてくれ」と要請した。が、田原は「最後まで全力投球でやりたいから」とそれを拒否した。17日のサンプロ忘年会でそのエピソードを披露した田原は「最後の番組ではテレビ朝日が吹っ飛ぶような企画をやろうと思っている」と宣言した。

 君和田が田原を嫌うのは分からないでもない。09年4月の「朝まで生テレビ」で田原が、拉致問題の被害者である横田めぐみ、有本恵子について「外務省も生きていないことは分かっている」 と発言したことに対し、家族会から君和田社長(当時)宛てに激しい抗議があり、田原と君和田が深々と謝罪をしなければならなかったという一件があった。

この田原発言は事実認識としては全く正しいのであるけれども、取材源や根拠を示せと言われれば困ってしまうような事柄であって、平謝りするしか仕方がなかった。この一件で君和田が酷い目に遭ったことがサンプロ終了の引き金となったことは想像に難くない。「こんな面倒は二度とご免だ」ということだろう。

 サンプロ終了は、テレビ朝日のみならずテレビというメディアの衰弱の象徴と言える。

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