15 なぜこの時期に小沢捜査なのか?この先どうなる民主党

  • 2010/01/21(木) 17:22:39



 あれこれ調べれば調べるほど、何かこれからの日本の政治はどうなっていくのだろうかと不安になる。いつまでも「鳩山実母献金」のことなど延々と自民党のどの議員も予算会議で質問しているのを聞いているともううんざり。もっと国民の生活のことを議論してもらいたいと思うのだが。
 
 
 朝日新聞に、「世界の注目指導者 小沢氏3位」と題して、「国際政治のリスクを分析している米コンサルティング会社ユーラシア・グループ(本部ニューヨーク)は19日、今年注目すべき世界の指導者10人の3位に、民主党の小沢幹事長を挙げた。」ことが書かれていた。

世界では評価されていても、日本ではどうだろうか?本来なら収支報告書の修正や訂正で済むことだとしても、特捜の今回の逮捕や捜査は国民からみても納得できないことが多すぎる。

 市民が告発して3月が時効だから今聴取というけれども、市民が告発すればどの議員にもこのような特捜が徹底してやるのだろうか?「自民党には捜査は及ばない」と元漆間官房副長官が言って問題視されてこともあったから、人によって同じことをしても扱いが違うのだろうか?

 小沢 対 検察は、これからどのようになっていくのだろうか?日本の政治とCIAのことが、私のような一主婦にまでもわかりはじめきたということは、今までわからなかった裏で画策する者の存在もやがてははっきりしてくるということである。そうは国民も騙されなくなって行くだろう。

 このCIAと日本の政治家のことは、先に紹介した植草一秀氏のブログにも詳しく述べられている。




植草一秀の『知られざる真実』「CIAに支配され続けた日本政治の基本構造」
http://uekusak.cocolog-nifty.com/blog/2010/01/cia-a85b.html
ので、それも参考にしてもらいたい。


ここでは、CIAと金融資本家のことが書かれている民主党の未来を予測するブログがあったので紹介していきたい。

「超高層マンション スカイヲーカー」ブログ

http://blog.livedoor.jp/sky7777777777/archives/51553946.html
2010年01月16日12:45
焦れば焦るほど、CIA東京地検特捜部、CIA自民党、CIA読売の闇工作は国民の知るところとなる。

「衆院選で民主党が政権与党となった後の同年10月、土地購入を巡る疑惑を読売新聞が報道し、市民団体が石川容疑者らを刑事告発した。これを受けて特捜部は捜査を本格化。昨年末に、石川容疑者の事情聴取を行ったが、石川容疑者は、土地代金に充てた4億円の収入を政治資金収支報告書に記載しなかったのは「ミスだった」と犯意を否認した。読売新聞」


この記事では、このCIA広報工作部隊である読売新聞が小沢一郎の土地疑惑を焚きつけ、市民団体と称する傘下工作組織により元秘書であった石川知裕衆院議員に刑事告発を行い、連動してCIA政治工作部隊である東京地検特捜部が捜査に動いたという一連の工作行為を自白をしているのだ。

ま、同方向からの命令下にある工作集団だから当然なんだが、全く、ベストマッチなる連携ぶりなのだ。この場合、小沢側の「土地代金4億円が政治資金収支報告書に記載がない」と断言しているところだ。いわば、CIA工作側とすれば政治資金収支報告書に「記載がない」としなければ都合が悪い。

なぜなら、政治資金規正法の法的縛りを利用するにはあった事実をそのまま記載しているか否かが問題なのであって、実際に記載の事実があれば東京地検特捜部による小沢側の逮捕劇などいかなる法的根拠に基くものなのかワケがわかんなくなるからなのだ。

で、実際の小沢の陸山会の収支報告書はどうなのか。実は、平成17年9月30日付の官報で4億円は記載されているのだ。小沢個人から陸山会へ貸付って形で報告されている。事実として記載されている以上小沢側の政治資金規正法による法的縛りでもって取り締まりは困難になる。これが官報掲載による事実である以上公判で検察側には勝ち目はないだろう。

あとはCIA東京地検特捜部ができることは、それ以外の事実誤認のでっち上げを行い、傘下のマスコミに情報をリークした上で、CIA傘下読売などの新聞紙面を利用し大衆に対する情報操作並びに洗脳を行うだけだろう。

しかし、一連のでっち上げ情報操作は、むしろ、東京地検特捜部が一体全体「誰に」命令を受け、「誰のために」「捜査」と称する権力操作を行う集団なのかが国民の前で明らかになるだけだろう。
同様、読売を中心とする媒体も、その実体が国民の前で丸裸にされることになるだろう。

つまり、小沢一郎は既に心得ているのだ。もはや、勝負には勝ったのだとね。このCIA東京地検特捜部のインチキ捜査が国民の知るところとなり、その権威はがた落ちになる。そしてそのまま参議院選に突入することになる。その際の選挙の争点は、以前私が昨年の3月18の記事「小沢一郎の「企業献金、団体献金は全面的に禁止」発言で自民、検察に王手」で予言したように、「企業献金、団体献金は全面的に禁止」となるだろう。

これで大資本による政治の買収行為は消滅することになる。つまり、大資本→TV宣伝→電通(CIA)→政治献金による政治工作→CIA政治支配 の構図が崩壊することになる。

つまり、小沢民主党の方向は、選挙(国民の意思)→政治家→国民の利益を実現化 という当たり前のことを実現化しようとしているに過ぎないのだ。逆にこの構造に大抵抗勢力化となってるのが、CIA命令よる一連の不可思議なる東京地検の捜査(操作)工作なのだ。

これはぜいぜい次期国会開催までにしかできない。なぜなら、国会が開会すると議員の逮捕には所属する議院の議決が必要だから、民主党過半数の議決を有する衆院で逮捕の議決など通るワケがない。まあ、CIA東京地検特捜部の組織解体は選挙後確実になったといえるだろう。恐らく、マスコミによる情報リークを行った事実を検証され、公務員法違反容疑で続々逮捕者が出てくるだろう。同時に民主党による地検組織改正による組織的静粛が行われることは間違いないだろう。


http://blog.livedoor.jp/sky7777777777/archives/51552786.html
2010年01月13日21:32
夏の参議院選で民主は単独過半数が確定し、CIA東京地検特捜部は叩き潰されることだろう。


 小沢一郎はまるで悪役扱いだが、実際、私も世間ではその小沢を批判する声を所々で聞くこともある。そこで、具体的に何が批判の原因なのかを聞いてみると、全く批判になっていない返事がほとんど。古い体質を引きずった古い政治家だとか、田中角栄直伝の汚職政治家だとか色々な批判もあるようだが、まあ、私に言わせると、米国支配下のマスコミが勝手につくったイメージに大衆が乗せられ、本当の国民の利益を無視した無意味な放言に踊らされ騙されてるな、って印象が強いですね。

田中角栄や田中派をぶっ潰したCIA東京地検特捜部だが、日本国民の利益になる政治家は決まって「汚職政治家」「金権主義」などのレッテルを貼られ、東京地検によるマスコミリークにより大衆心理の操作をされ、排除する仕組みが米国による日本植民地支配の方程式に組み入れられているのだ。

そもそも田中角栄が米国の支配グループから疎んじられ排除させられた理由は大きく2つあるだろう。一つはエネルギー政策の問題であり、田中角栄は日本独自で石油の輸入に動こうとインドネシアなど産油国に働きかけていた。これがロックフェラーの支配する石油資本を激怒させた。そのロックフェラー傘下の忠臣であるキッシンジャーがCIAに命じ角栄潰しに動いたのだ。

二つ目は1972年9月29日の「日本国政府と中華人民共和国政府の共同声明」だ。
日本が米国の事前承諾なくして単独外交に動き勝手に中国と共同声明に動いたことに激怒し、完全に田中角栄は米国の支配者ロックフェラーにとっての敵性分子と判別されたのだ。

キッシンジャーによりCIA政治権力工作部隊である東京地検特捜部は忠実に働き、角栄をはじめ田中派壊滅に全力を尽くしたのだ。これは要するにパワーゲームなのであり権力争いなのだ。正義や悪などの問題ではない。当時、日本国内の政治権力として絶大だった田中派も米国ロックフェラー財閥パワーには及ばなかったってことに過ぎない。

ところで私がなぜCIA東京地検特捜部が小沢一郎に滅ぼされるのかと予言するのかというと、この世界支配パワーゲームを読んでるからなのだ。
実は1980年以降の時代というのは、デイビッド・ロックフェラー時代であり、 1979年1月26日のネルソン・ロックフェラー死去以降、実質的な米国支配経営権を握ったのはその実弟であるデイビッドなのだ。

1980年以降の新自由主義全盛時代をつくったのは、デイビッド・ロックフェラーの絶大なる影響だといえる。そのデイビッドも90歳をゆうに越えた高齢であり、すでに実質的な影響力は急低下しているのであって、もはや、デイビッド・ロックフェラーの支配する米国は昔のものとなったのだ。

かつて、田中角栄も池田勇人内閣の大蔵大臣の時代にロックフェラーの主催するボヘミアングローブに招待されている。この時代では田中角栄はロックフェラーにより次期首相を約束されていたのだと思う。

ところが思いのほか敵性分子に認定せざるをえなくなったのだろう。この米国支配権力の枢軸であるロックフェラー家だが、現在のところの家督はロックフェラー2世の末っ子であるデイビッドなのだが、本来家督を継ぐのは3世の嫡男であるジョン・ロックフェラー4世のはずだ。なぜデイビッドは家督を4世に譲らないのかが不可思議な点だ。

恐らく、デイビッドと4世とは思想的に隔たりがあり埋められない溝があるのではないのか。つまり、デイビッドと4世は対立関係にあるのだ。この大政奉還が最近なされ家督が4世に移りつつある。正式にはデイビッド死後になるんだろうが、回想録なども順次日本でも発刊され引退は既成事実となってるのだと思う。

これで世界支配権力である米国を支配するロックフェラー家の家督はデイビッドと対立軸にある4世に移り、世界が変わりつつある。このCIA東京地検特捜部と小沢一郎の大戦争は、デイビッドVS4世との最後の戦いが表現されているのだと私は考える。もはや高齢のデイビッドは幕引きしかないのであって、もはやデイビッド・ロックフェラー時代は終了なのだ。

次期時代は4世とロスチャイルド軍団が主導するんだろう。実は鳩山小沢民主党はその代理組織であり主たるバックは英国ロスチャイルドだ。もはやその趨勢は確実なのであり、従来デイビッド傀儡組織であったCIA自民党、CIA東京地検特捜部、CIA広報部隊大手マスコミは音を立てて大崩壊するだろう。
その次期は夏の参院選で民主単独過半数が実現した時から本格的に始まるのだ。

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る

14 なぜこの時期に小沢捜査なのか? 上杉隆氏「週刊朝日」掲載「検察の狂気」について

  • 2010/01/21(木) 11:51:39


 
上杉隆氏は、週刊朝日に「検察の狂気」を書いたことについて、「今週の「週刊朝日」に書いた原稿「検察の狂気」への反応の大きさに驚いている。タイトルは編集部のつけたものであり、筆者の意図は単純な検察批判にはない。むしろ、批判の矛先は記者クラブメディアにある。」として、「小沢問題で検察リークに踊らされるメディアへの危惧」と題して次のように述べている。

「小沢問題で検察リークに踊らされるメディアへの危惧
http://diamond.jp/series/uesugi/10110/


 今週の「週刊朝日」に書いた原稿「検察の狂気」への反応の大きさに驚いている。タイトルは編集部のつけたものであり、筆者の意図は単純な検察批判にはない。むしろ、批判の矛先は報道する側の記者クラブメディアにある。

 記者クラブ問題に関しては、本コラムの読者であるならばもう説明は不要だろう。今回も、小沢一郎秘書らの逮捕に際して、相変わらず不健全な「報道」が続いている。

 ニューヨークタイムズ東京支局長のマーティン・ファクラーは、無批判に検察の捜査方針に追従する日本の記者クラブの一連の報道姿勢を、昨年12月の紙面で痛烈に批判している。

〈記事の中で私は、記者クラブのことを「一世紀続く、カルテルに似た最も強力な利益集団の一つ」と書きました。(略)

 そのことを実感したのが、西松建設事件を巡る報道です。記者クラブによるほとんどの報道が検察のリーク情報に乗るだけで、検察の立場とは明確に一線を画し、なぜこの時期に検察は民主党代表の小沢氏をターゲットにしているのか、自民党の政治家は法律上問題のある献金を受けていないのか、といった視点から独自の取材、分析を行う(記者クラブ)メディアはなかったように思います。
西松建設事件の時、私も東京地検に取材を申し込みました。しかし、「記者クラブに加盟していないメディアの取材は受けられない」と拒否されました〉(「SAPIO」筆者インタビュー記事より)

 確かに、小沢一郎も権力である。だが検察もまた国家権力である。なぜ日本のメディアは、双方の言い分を公平に扱って、読者や視聴者に判断を委ねることをしないのか。なぜ日本の記者クラブは、世界のジャーナリズムで当然に行われている権力報道のルールから逸脱することが許されるのか。

 ファクラーのみならず、これは万国のジャーナリストたちが抱き続けてきた日本の記者クラブメディアに対する共通の疑問である。

 検察と司法記者クラブで作られる「官報複合体」の影響力は絶大だ。あらゆる事件に対してそこに疑義を差し挟むことは許されない。とりわけ日本のメディアで仕事をする者は全員、その「権力複合体」の前では、黙るか、傅くか、あるいは排除されるのかのいずれかしか道は残されていなかった。


情報リークをする
検事の実名を出すタブー

 昨年3月、西松建設事件の発端となる大久保秘書の逮捕された直後、筆者はフジテレビの報道番組『新報道2001』に出演した。

 当日のゲストは、宗像紀夫・元東京地検特捜部検事と、笹川尭自民党総務会長(当時)、小池晃共産党政審会長などであった。

 大久保秘書の逮捕について発言を求められた筆者はこう語った。

「私自身、議員秘書経験がありますが、その立場からしても、政治資金収支報告書の記載漏れでいきなり身柄を取るのはあまりに乱暴すぎるように思う。少なくとも逮捕の翌日から、小沢一郎代表(当時)はフルオープンの記者会見で説明を果たそうとしているのだから、同じ権力である検察庁も国民に向けて逮捕用件を説明すべきだ。

とくに記者クラブにリークを繰り返している樋渡検事総長と佐久間特捜部長は堂々と記者会見で名前を出して話したらどうか」 筆者は、当然のことを言ったつもりでいた。ところが、番組放送終了後、笹川総務会長が烈火のごとく怒っていた。私に対してではない。番組の幹部に対してである。

「あんなやつを使うな! あんなのとは一緒に出ない」 昼過ぎ、スタジオを出た筆者の元に検察庁担当の社会部記者から電話が入った。 「お前まずいぞ、(検察側の)実名を出しただろう。『調子に乗りやがって』と、検察は怒っていたぞ。心配して言ってんだ。本当に、気をつけた方がいいぞ」

 彼の話によると、本気でやろうと思えば、痴漢だろうが、交通違反だろうが、あらゆる手段を使ってでも、狙われたら最後、捕ってくるというのだ。たとえば道を歩いていて、他人の敷地に間違えて足を踏み入れただけで不法侵入の疑いで持っていかれるかもしれないということだった小沢問題で検察リークに踊らされるメディアへの危惧 繰り返すが、小沢幹事長も公人であり権力であるが、検察も同じく公的機関であり国家権力なのだ。

その一方を大々的に実名で報じておいて、一方を隠し、守り通す。 記者クラブの持つその精神の方が、明らかにアンフェアだと筆者は思うのだが、日本の報道界ではそうした意見は聞き入れられないようだ。3戦前の過ちから学ばない新聞ジャーナリズム 組織同士の共生関係は、外部からの攻撃に対して、強い耐性を持つ。単体では弱い組織体も、お互いの弱点を補うことでより強固な権力構造に生まれ変わるのだ。

 たとえば米国の「軍産複合体」もそうだ。軍部と産業が手を握ることで強力な権力構造を作り、お互いが利権を補い、利権を享受している。 過去の日本もまた同様であった。戦前、軍部と新聞が共生関係にあったことで戦争の惨禍に国民を引き摺り招いた。本来、権力をチェックすべき新聞ジャーナリズムが、権力に寄り添ったために起きた悲劇である。 

果たして、そうした教訓は活かせたのだろうか。現在の検察と記者クラブメディアの関係をみると悲観的にならざるを得ない。本当に、新聞は戦前の過ちを反省しているのだろうか。 つまり、いまだ「大本営発表」は存在するのだ。 国が破れ、何百万人という日本人の尊い命を犠牲にした先の戦争の悲劇の責任はひとり軍部の独走だけに帰すべきではない。批判精神を忘れ、権力に寄り添ったメディアが一体となって不幸な戦争に突き進んだ結果なのではないか。 
 
報道は権力から独立しなくてはならない。 だが、日本では、今回の小沢金脈報道をみるように、再び同じ過ちを繰り返しているようだ。4捜査が順調な場合、検察は情報リークしない 石川裕知議員と小沢秘書ら3人が逮捕されると同時にまたもや供述内容がメディアに漏れ始めた。〈「これ以上は小沢先生に相談しないと話せない」(中略)特捜部の聴取には涙ながらに、「親分」の承認なしに真実を口にできないかのような供述をしていたという。〉(産経新聞)

 果たしてこうした捜査情報はどこから出てくるのか。密室であるはずの取調室の会話が即時に新聞紙上に踊るのだろうか。なぜ、検察からのリーク情報は止まないのか。 そもそも捜査が順調な場合には、検察は絶対に情報を洩らさない。筋のいい事案を追っているときは、

 たとえば朝刊に「きょう○○を逮捕へ」という具合に、結果が出た段階で初めて世間に知らされる。 ということは、事前にメディアに捜査情報が漏れる場合は、捜査が芳しくない状況にあるか、あるいは「死に筋」であったりする。つまり、リークによって局面を打開するためにメディアを利用するのだ。 
 この1年弱の小沢報道も同様の可能性が高い。贈収賄、斡旋収賄、脱税などの文字が躍り続けているが、現時点では、元秘書と現職秘書の政治資金規正法違反にぎすない。 とりわけ石川議員の逮捕は、検察による立法府への挑戦と受け止めてもおかしくない内容である。 

なぜなら、公職選挙法でもない事案で、しかも秘書時代の政治資金収支報告書の不記載という違反によって、現職の国会議員を逮捕するということは異常以外のなにものでもない。民主主義の根幹である選挙を無視したものである。仮に逮捕するというのであるならば、百歩譲って、国会開会中、逮捕許諾請求を取ってから行うべきではないか。 

さらに、国権の最高機関である立法府の一員を逮捕したというのに、検察は何一つ説明を果たそうとしていない。また、記者クラブメディアも説明を求めていない。 検察の暴走を報じない日本の新聞・テレビなどの記者クラブメディア。日本は再び、「大本営発表」が蔓延る、あの戦前の暗黒時代に戻ろうとしているのではないだろうか。





繰り返すが、小沢幹事長も公人であり権力であるが、検察も同じく公的機関であり国家権力なのだ。その一方を大々的に実名で報じておいて、一方を隠し、守り通す。

 記者クラブの持つその精神の方が、明らかにアンフェアだと筆者は思うのだが、日本の報道界ではそうした意見は聞き入れられないようだ。

戦前の過ちから学ばない
新聞ジャーナリズム

 組織同士の共生関係は、外部からの攻撃に対して、強い耐性を持つ。単体では弱い組織体も、お互いの弱点を補うことでより強固な権力構造に生まれ変わるのだ。

 たとえば米国の「軍産複合体」もそうだ。軍部と産業が手を握ることで強力な権力構造を作り、お互いが利権を補い、利権を享受している。

 過去の日本もまた同様であった。戦前、軍部と新聞が共生関係にあったことで戦争の惨禍に国民を引き摺り招いた。本来、権力をチェックすべき新聞ジャーナリズムが、権力に寄り添ったために起きた悲劇である。


 果たして、そうした教訓は活かせたのだろうか。現在の検察と記者クラブメディアの関係をみると悲観的にならざるを得ない。本当に、新聞は戦前の過ちを反省しているのだろうか。

 つまり、いまだ「大本営発表」は存在するのだ。

 国が破れ、何百万人という日本人の尊い命を犠牲にした先の戦争の悲劇の責任はひとり軍部の独走だけに帰すべきではない。批判精神を忘れ、権力に寄り添ったメディアが一体となって不幸な戦争に突き進んだ結果なのではないか。

 報道は権力から独立しなくてはならない。


 だが、日本では、今回の小沢金脈報道をみるように、再び同じ過ちを繰り返しているようだ。

捜査が順調な場合、
検察は情報リークしない

 石川裕知議員と小沢秘書ら3人が逮捕されると同時にまたもや供述内容がメディアに漏れ始めた。

〈「これ以上は小沢先生に相談しないと話せない」(中略)特捜部の聴取には涙ながらに、「親分」の承認なしに真実を口にできないかのような供述をしていたという。〉(産経新聞)

 果たしてこうした捜査情報はどこから出てくるのか。密室であるはずの取調室の会話が即時に新聞紙上に踊るのだろうか。なぜ、検察からのリーク情報は止まないのか。

 そもそも捜査が順調な場合には、検察は絶対に情報を洩らさない。筋のいい事案を追っているときは、たとえば朝刊に「きょう○○を逮捕へ」という具合に、結果が出た段階で初めて世間に知らされる。

 ということは、事前にメディアに捜査情報が漏れる場合は、捜査が芳しくない状況にあるか、あるいは「死に筋」であったりする。つまり、リークによって局面を打開するためにメディアを利用するのだ。

 この1年弱の小沢報道も同様の可能性が高い。贈収賄、斡旋収賄、脱税などの文字が躍り続けているが、現時点では、元秘書と現職秘書の政治資金規正法違反にぎすない。

 とりわけ石川議員の逮捕は、検察による立法府への挑戦と受け止めてもおかしくない内容である。

 なぜなら、公職選挙法でもない事案で、しかも秘書時代の政治資金収支報告書の不記載という違反によって、現職の国会議員を逮捕するということは異常以外のなにものでもない。民主主義の根幹である選挙を無視したものである。仮に逮捕するというのであるならば、百歩譲って、国会開会中、逮捕許諾請求を取ってから行うべきではないか。

 さらに、国権の最高機関である立法府の一員を逮捕したというのに、検察は何一つ説明を果たそうとしていない。また、記者クラブメディアも説明を求めていない。

 検察の暴走を報じない日本の新聞・テレビなどの記者クラブメディア。
日本は再び、「大本営発表」が蔓延る、あの戦前の暗黒時代に戻ろうとしているのではないだろうか。」

このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る