「キャピタリズム」と日本の政権交代

  • 2009/12/01(火) 16:19:24



 新聞を読んでいると、マイケル・ムーア監督が映画の新作「キャピタリズム(資本主義)」公開で初来日し東京証券取引所で記者会見したことが載っていた。新聞には、ムーア監督の「米国のまねはやめ、解雇のない昔の日本に戻って」という言葉が書かれていた。



「キャピタリズム」のことは、「Newsweek」の「やじうまUSAウオッチ」「『キャピタリズム〜マネーは踊る〜』はキリスト教徒マイケル・ムーアの資本主義批判」にも書かれている。

http://newsweekjapan.jp/column/machiyama/2009/09/post-60.php


 この文章の中の
「ムーアは自分が子どもだった50〜60年代を懐かしむ。あの頃は自動車工場の組立工であっても、家が買えて、子どもを2人も大学に入れることができた。病気は組合の医療保険で支払った。お金は銀行に預けておけば高い金利で勝手に増えた。」

 これって、ついこの間までの日本だった。ほとんどが終身雇用でリストラもなければ定年まで安心して暮らせる。職場も家族のように仲がよい。小泉改革で日本がおかしくなるまでの日本は。アメリカと同じ道を日本が行っているとしか思えない。だから冒頭のムーアの言葉には重みがある。

アメリカはデモクラシー(民主主義=民衆主体の統治体制)の国でなく、実は企業主体の統治体制であるコーポレートクラシー(=資本主義)の国だ、ということが明かされた。これでいくと資本主義では、人はお金を得るための道具に過ぎないが、民主主義では人が豊かに生きていくためにお金が存在する。

ルーズベルト後、60年代まで続いたニューディール政策のアメリカは国民の平等を第一とする福祉国家だった。ジョンソン大統領は「偉大なる社会」をスローガンに掲げて貧困の根絶を目指していた。現在のアメリカの格差社会は1980年代のレーガン政権から続いてきた「新自由主義」の四半世紀の結果である。

アメリカがめざしていた福祉国家からこの「新自由主義」になることによりサムプライズローンなどによる経済破綻を招くまでの過程は、日本にもあてはまることとなる。それでも日本は政権が代わって、国民の方を向いた民主主義に今までよりは救いがある。

 今やっと停滞していた日本の政治が動き出した。トップがころころと代わり、国際政治の場から信頼を失ってからどうなることかと思っていたが、やっと国民のために政治をしようと、今までの利権がらみの膿を出し切って国民のための新たな政権が機能し始めた。

今までの自民政治を踏襲するのは楽だろう。でも、国民のためを思えば変えざるを得ない。仕分け作業だって大変なんだ。それでもやらなければならない。
今の日本は、あのジョンソン大統領が「偉大なる社会」をスローガンに掲げて貧困の根絶を目指していたあの頃と同じようだ。

映画「キャピタリズム」で「ぼくらお金はどこへ行った?」「国民のお金を返せ」と叫ぶあの言葉は、日本にもあてはまる。国民の税金でごく一部の人が莫大な金を手に入れ、ほとんどの国民は「痛みに堪えなさい」と言われる。冗談じゃないと怒った国民は立ち上がり、政権交代を果たした。

何とか主義っていうのはよくわからないけれど、もうもとに戻ってたまるかと思う。自民党政権に戻ったら、真面目に働いて払ったお金もどこかに消えてしまう。わずかな年金を頼りに暮らさなければならない者の痛みも不安もわからないのだろう。

今願うのはやっと動き始めた国民を向いた政治が停滞せずに進んで欲しいということだ。被爆者や肝炎患者救済のための決議にも欠席している自民党には弱者を救済しようという気持ちがない。

国民を向いてないから、対立政党の党首をせめて引きずりおろすことしか思い浮かばないのだろう。親からもらったお金を申告しなかったのと、政治が停滞して自民党政権で失った日本の国の国際的な信用をさらに落として窮地に追いやられるのと今どうすべきかと問われれば答えは自ずから出るだろう。

民主党に代われる政党がなく、民主党がいい加減に仕事をしてない以上、国民としては民主党を応援する。もう党首の首をすげかえることなど、日本の国としては恥ずかしくてできるはずなどない。今自民党政権時代の尻拭いに民主党政権が追われているということがわかっているのかと思わずにはいられない。




 以下、「Newsweek」からの抜粋
 「映画『キャピタリズム』は、住宅ローンが払えなくなって家を強制退去させられる人々を映し出す。ムーアの映画第1作『ロジャー&ミー』のラストシーンとまったく同じだ。1980年代、ムーアの故郷フリントではGMの工場が閉鎖され、労働者が大量解雇され、町は廃墟になっていった。GMが工場を人件費の安いメキシコやカナダにアウトソースさせている事実を知ったムーアはGMのCEOロジャー・スミスに直談判しようとした。

 それからちょうど20年経った2009年、フリントの惨状はアメリカ全体に広がってしまった。

 ムーアは自分が子どもだった50〜60年代を懐かしむ。あの頃は自動車工場の組立工であっても、家が買えて、子どもを2人も大学に入れることができた。病気は組合の医療保険で支払った。お金は銀行に預けておけば高い金利で勝手に増えた。今、それが全部パアになった。

 今のアメリカ庶民は、銀行の金利がタダ同然なので老後の蓄えを401Kの投資信託に入れたが、それも株価暴落と共に消えた。民間の保険会社は医療費支払を拒否するので、病気になると破産。サブプライムローンで家を失い、子ども1人を高校を卒業させるまでにかかるお金は平均2000万円、大学4年間にかかる費用1000万円は、中産階級にも払えない。

 ムーアは現在のアメリカのすさまじい搾取社会の実態を見せていく。なかでも驚くのは、大企業が従業員に無断で生命保険をかけ、受取人になっているという事実だ。ウォルマートで働いていた妻が亡くなって3人の子供を抱えた夫が、妻の生命保険で会社が800万円もの保険金を受けていたことを知って呆然とする。葬式代も出せない貧乏な一家だが、会社は遺族に1セントも見舞金を払わなかった。

 普通なら、これはアメリカの資本主義の運営に問題があると考えるが、ムーアは資本主義そのものが問題なのだと訴え始める。これだからムーアは「アカだ」「反アメリカだ」と叩かれる。ところが、彼のアンチ資本主義はマルクス主義のほうには行かないのだ。まず、彼は愛国へと向かう。

 ムーアはアメリカの独立宣言の文面を読む。建国の父の言葉には資本主義や自由市場競争を賛美する言葉はなかった。代わりにアメリカの目指すものとして掲げられていたのは「平等」だった。それを読んだムーアは「アメリカ建国の精神に戻り、今こそ資本主義よりも民主主義を」と訴えるのだ。

 しかし、「資本主義よりも民主主義を」という言葉はどこか変だ。資本主義は経済システムで、民主主義は政治システムだ。ジャンルが違うのだ。それに歴史的には、資本主義の発展が庶民に経済的力を与え、それが民主主義を生んだので、2つは対立する概念ではない。

 現在のアメリカの格差社会は1980年代のレーガン政権から続いてきた「新自由主義」の四半世紀の結果である。だからムーアはレーガン以前、つまりニューディール時代を現在に呼び戻せと考える。そしてニューディール政策を始めたルーズベルト大統領最後の演説(1944年1月11日)を聞かせる。それはアメリカ憲法で保障された「幸福の追求」をより具体的に実現するための新しい権利章典の提唱だった。ルーズベルトが掲げた権利は以下の通り。

 社会に貢献し、正当な報酬を得られる仕事を持つ権利
 充分な食事、衣料、休暇を得る権利
 農家が農業で適正に暮らせる権利
 大手、中小を問わず、ビジネスにおいて不公平な競争や独占の妨害を受けない権利
 すべての世帯が適正な家を持てる権利
 適正な医療を受け、健康に暮らせる権利
 老齢、病気、事故、失業による経済的な危機から守られる権利
 良い教育を受ける権利

 この演説の後すぐにルーズベルトは亡くなり、この権利章典は法制化されなかった。ムーアはこれを実現するのがアメリカの使命だと訴える。

 ただ、アメリカは実際、これを実現しようとしていたのだ。60年代まで続いたニューディール政策のアメリカは国民の平等を第一とする福祉国家だった。ジョンソン大統領は「偉大なる社会」をスローガンに掲げて貧困の根絶を目指していた。世界中があこがれたアメリカン・ドリーム、誰もが豊かになれるアメリカとは、ある意味、社会主義的な理想でもあった。

 ところが、それは経済の停滞を生み、70年代にニューディール政策は崩壊した。だから、平等よりも競争によって経済を活性化させる新自由主義とレーガン政権が登場したのだ。ニューディールも新自由主義も共に失敗した今、アメリカは第3の方法を手探りしている。」


このエントリーをはてなブックマークに追加
LINEで送る