11月の和順庭

  • 2009/11/23(月) 15:45:23

11/1チューリップ球根を植え、寄せ植えをかざって
和順庭へ。トマトのあった所を耕して、石灰をまきました。 

ナスタチウムがよく育ちました。

植木鉢にビオラ「野うさぎミーモ」と「ラビットダンス」やシュガーパインなどを寄せ植えし道行く人から見えるように、置きました。このビィオラは、うさぎの顔に似た花を咲かせます。





チューリップの球根を植え、肥料をまき、畑を耕し、汗が出るほど働きました。仕事を終え、庭を眺めると、しだいに秋から冬の庭に移り変わって行くのがわかります。

コスモスやパイナップルセージ、チェリーセージ、ウインターコスモスなどの花がまだ元気よく咲いています。寒くなってきたので、パイナップルを堀り上げ、家で冬ごしさせることにしました。

11/1ねぎを土中に植え替えて、紅白大根を収穫
土曜日、朝から雨が降り、和順庭のトマトを抜いて石灰をまき耕したところに苗を植えるのは今日も無理かと思っていたのですが、だんだん晴れてきて午前中はあきらめていた野菜の苗の買い付けに午後から行くことにしました。

 行く途中で吉祥寺に寄り、電気店の期限ぎれになると通知が来ていたポイントで買物をし、「野方ホープ」というラーメン屋さんで昼食をとりました。

それから瑞穂町のジョイフルへ。暮れに毎年白菜をつけるので、白菜とキャベツの苗を買いたかったのですが、白菜の苗はすでになく、キャベツの苗とはじめて挑戦するマルチという野菜を植えつけるところに丸い穴のあいているシートを買いました。

それに和順庭に新しく仲間入りするうさぎの置物も。
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南入口で。

夕方和順庭に到着し耕し終わったときには、すっかりあたりは暗くなり植えつけたキャベツの苗の写真はとれませんでした。

苗に寒冷紗というネットのようなもので覆う予定だったのですが、お店の人と相談したところ、この寒い時期は虫もつかないし、販売されている苗は耐寒性があるから不必要だと言われ、やめました。

終わって和順庭あたりで食事をしようと車を走らせていると、今まで行ったことのないエリアに大きな西友があることがわかり、行ってみることにしました。小手指で食事して帰りました。

帰り降り続いた雨に洗われた夜空は、満天の星。また、多摩湖まで戻り、いつもよりはっきりときれいに輝く夜空の星を眺めました。



 
11/23冬桜、山茶花、花の苗を植えて
桜ヶ丘公園で買った冬桜や山茶花、花の苗を和順庭に植えました
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買った苗

植えた山茶花と

冬桜



11/28



ねぎを植え替えて


紅白大根の収穫


たまねぎ


キャベツの苗とナスタチウム


冬桜に花が咲いて


どうだんつつじの紅葉
 
花手鞠がまだきれい

南道路から和順庭を眺めて


パパガーデンのにんにく・らっきょう


ブルーサルビアとパイナップルセージ



北道路から和順庭を眺めて


マーガレットとチェリーセージ


ラベンダー畑




日本庭園

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12 日航機墜落の真相は? *アイソトープ(放射性物質)搭載情報は何を意味するのか

  • 2009/11/23(月) 11:54:49




 日航機墜落から24年という歳月が経ち、墜落原因としてかつて浮上したいくつかの説もかなり淘汰され、またこれだけ月日が経ったから言える証言や事実もでてきたのかもしれない。

自公政権のときに都合の悪いことは権力で抑えられていても、政権交代により明るみに出される事実もあるだろうと思われる。


 「2 日航機墜落の真相は? *私がなぜ御巣鷹山へ言ったのか?」の「8月12日事故発生から救助まで」のところへ書いたが、 その後のボイスレコーダーからわかるように日航機123便は「18時24分 ドーンという音が発生」している。そして、この時からバランスを失い、ダッチロールといわれている飛行に入る。

この音が何なのかである。機内での爆発か?それとも何かが衝突した音なのか?原因として現在まで残っているのが、ミサイル説ということになる。

 日航機が 18時56分「御巣鷹山の尾根」に衝突したが、地上でも行方不明の日航機の捜索を横田基地C−130に依頼し、19時19分C−130H墜落現場を発見、19時21分空自百里基地のF−4EJ2機も墜落現場を確認。19時26分NHK事故の速報を流している。

19時35分 長野県警警備二課に日航機墜落事故総合対策室設置。事故に関する情報の収集を各警察署に指示。19時50分 長野県警警備2課内に日航機墜落事故対策連絡本部、臼田署に日航機墜落事故対策本部、北相木村役場内に日航機墜落事故現地指揮本部が設置される。20時00分 群馬県警警備2課に日本航空機行方不明事故対策室が設置され、20時16分 政府対策本部の設置決定されている。

 ところが、墜落を知った日本アイソトープ協会から「事故機に医療用ラジオアイソトープ(放射性物質)が92個積載されていた」と警察庁に届け出がでる。

このことと墜落現場が特定されながら救助されないことから、この放射性物質が搭載されていたのが原因で、墜落現場が放射能汚染されているので救助待機命令が出されたのだという情報も出回った。

たしかに、「9 日航機墜落の真相は?やはりミサイルか?当日の目撃」の「2007年09月19日 ●情報統制の4原則というものがある(EJ第1075号) 」にも新聞に載ったことが書かれている。
 
 『事故の翌日のことです。8月13日付朝日新聞に、「積荷に放射性物質」という記事が出ていたのです。事故翌日の朝刊のメーン記事は、事故現場特定の確認記事です。

読者の一番知りたいのは日の暮れかかった山間部にJAL123便がなぜ行ったのかという解明なのに、どの新聞もふれていないのです。
 
なぜ「積荷に放射性物質」なのでしょうか。記事の結論は、「人体への影響はない」と締められているのですが、あたかも、事故現場への早期立ち入りができなかったことへの言い訳を代弁しているようにも読み取れるのです。
・・・ [御巣鷹山事故の謎/22]』

 「放射性物質のために自衛隊員を現場に立ち入らせなかった。」という説と、ミサイルの誤爆を隠し証拠となる残骸を回収する時間稼ぎをするため人体に影響のない医療用のものを放射能を浴びるおそれがあるからと言って待機させこのような情報を発表したとする説がある。

いずれにしても救助に向かう隊員を待機させ、「5 日航機墜落の真相は?救助自衛官射殺というNHKニュース速報」で書いたように「待機命令に反して怪我人救助を急いだ自衛隊員1人射殺NHKニュース」の待機命令に反し救助に向かおうとした自衛官射殺が事実 かどうかは別としても、救助に向かおうとした自衛官との間で何らかの摩擦があったことは事実のように思われる。

 爆発物がしかけられたのではという説が出たのは、「爆発させた」という声明がだされたため、過激派や当時世間を騒がせた「グリコ・森永事件」の犯人が爆発物をしかけたのではとも推測された。(グリコ・森永事件で脅迫されていたハウス食品社長が123便に乗り合わせていたことからこのようなことも言われた。)

 24年経った現在もっとも墜落原因として有力なのがやはりミサイル説であり、墜落し現場が特定されていながら救助自衛隊を待機させ、墜落現場をわざと御巣鷹山から遠ざけるように誤情報を流したと思われている。

 権力を持つ者は、自分の権力の及ぶ範囲で権力を行使して処理しようと思うだろう。

 いずれにしても当時の中曽根総理が首相として地元でありながら墜落現場を訪れていないのも何かあるように思われる。

 もし、事実として原因究明するために隠されている何かがあるなら、「墓場まで持って行く」のではなく、520もの霊の眠るあの世に行く前にこの世ではっきりさせておかなければとても成仏などできないであろうと思ってしまう。

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