地方選に立候補して 5、選挙を終えて

  • 2011/05/20(金) 10:21:01


 一週間続いた選挙も、光が丘の演説でフィナーレ。翌日が投票だったが、あまり結果は気にしていなかった。思い立ったのも急だったし、地盤・看板・カネのない者が挑戦するなど、無謀としか思われないことだった。

息子は気持ちよく了承してくれたが、身内に反対がなかったわけではない。選挙権が、日本国憲法の「国民主権」原理に立つ国民の基本的な権利行使であり、認められなければならない最も尊重されるべきことだとしても、今の日本では政党に所属しない一市民が立候補など、正気の沙汰ではないとしか受け取られない。

国民主権という戦後憲法の民主主義は、今だ戦前の日本の政治や国を国民が積極的に参加することによって変えていくという意識にまで高められずに、間違ったマスコミからの情報を鵜呑みにし、コントロールされ、気づいたときには国民の命が守られないという悲劇が繰り返されるのだ。

国民に主権があるのに、国民が立ち上がったときに報道しないマスコミ。検察のリークを垂れ流し、真実を追求しようともしないで、冤罪に加担する。

 この選挙立候補は、まさにもっとも身近な区政という行政決定に携わる議員の資質を間近で見ることができた、とても貴重な経験だった。

言い換えれば、政党政治に依存することによって、議員がどれだけ真剣に区政を区民のために変えていこうとするかより、政党の利益だけが優先されていく。

高い税金を払いながら、これでは区民は浮かばれないと思うことが度々だった。

 震災があり、友達も書いてたような
「この統一地方選挙で原発を争点にさせない、マスコミ・自民党(アメリカ)の意図」がうまく働いたせいか、
http://rakusen.exblog.jp/14637086/
現状を変えないという方向に区民の意思が向いてしまい、無所属の新人(政党の隠れ無所属は除く)には厳しい選挙だった。私のような得体の知れない「ネット市民」などにも警戒感が働き、震災時には今までの既成政党が頼りになると思われたのだろう。

 わずか600票余りの結果だが、私を支持してくださった、これらの人々には、感謝の気持ちでいっぱいです。期待には答えられなかったですけれど、私はこの選挙戦を通じて、本来の目的であった真実を伝えるということは果たせたと思っていますし、わずかの方々かもしれないけれど、あの女子高校生の手紙と思いを伝えられただけでもよかったと思っています。

普通の市民のデモ同様、何の利権ももたない市民が声を上げることはとても難しい。

国民に主権があるといっても、民衆革命もなかった日本において、国民の命を国民が守るために立ち上がり、国を変えていくことは本当に難しいことです。

私の立候補も、市民デモのうねりと無関係ではありません。市民が国を変えていく!その小さな声が大きなうねりとなりつつあるということかもしれません。

 それにしても、もっと票が取れるかなとも思ったのですが、息子いわく、「一桁でビリかと思ったのによくもそんなに取れた」と言われ、そんな見方もあるのかなとも思いました。

法定票を得ることができて、供託金も返ってきて、ポスターや運転手代、選挙カーなども公費で負担されるということになり、選挙後も収支報告書提出に追われ、ポスター業者や区役所へ行ったりで忙しくすごし、今やっとすべての書類提出を終え、安堵しているところです。

 区議に立候補するには、30万円の供託金を準備しなければなりませんが、これは票が達すれば還ってくるし、そのほかも公費負担されるので、最低限の準備で済まそうとすれば、それほどお金はかかりません。ただ、ポスター貼りをどうするかは考えておいた方がいいと思います。

 たった一週間で伝えることは新人には難しいので、これからはできればブログやツイッターぐらいは、選挙期間中も許されることを望みたいと思います。

できるだけ多くの区民が区政参加し、区民本位の政治を取り戻し、政党の上にあぐらをかいている区議たちを目覚めさせることも、これからの地方自治には求められることでしょう。

 あっという間の選挙経験でしたが、これは私の人生にとって忘れることのできないことでした。極度の人間不信から立ち直れたのも、常にどんなときも寄り添ってきてくれた友達と、日々書きながら私を支え、背中を後押ししてくれたブロガーたちでした。

ありがとうございました。これからもよろしくお願いいたします。

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地方選に立候補して 4、選挙運動期間

  • 2011/05/19(木) 20:58:13

  一般区民が選挙という政治参加してみて、慣れないことを既成政党の選挙のプロたちと一緒にすごした一週間は、私にとってほんとうにいい経験だった。

 告示日になって、くじにより掲示板のポスターを貼る番号が決定する。そして、それからポスター貼りをするのだが、このポスター貼りというのが、何の組織を持たない者にとって、何より大変なことだった。

選挙に出るにあたり、あちこちに親のポスターが貼り出されてはいやだろうから、息子には「選挙に出たいのだけど」とあらかじめ断っていて、ポスターも息子が友達と貼ってくれると言っていたので、それほど心配していなかったが、いざとなったら「用事があるからできない」と言われ、それからインターネットでバイク便の業者をあたってみたが、「練馬区全域に貼るには30万円かかる」と言われた。

ただ、あくる日にずれこむなら、20万円でいい、とも言われた。他の候補者も張るようなので、いっしょに張って安くできないか聞いても、「他の候補者が嫌がるので」と体よく断られてしまった。彼らもビジネスだから仕方ない。

 どちらにしても、とても、そんな予算はない。結局、友達にも手伝ってもらいながら、候補者が演説をしながら貼るということになってしまった。投票日までには何としても貼らねばならないが、576箇所もある掲示場を探しながら、貼るというのは、とても大変なことだ。住んでいる地域は、地図と住所で大体検討がつくものの、学校や駅など目印になるところがはっきりしている所以外の場所は、掲示板近くに来ているとわかって地元の人に尋ねても、ほとんど知らない。

人通りのない車も通らない路地のほとんど人目につかない場所にあったりする掲示板もあった。選挙カーも狭い場所では、一方通行に悩まされ、すぐ近くに来ていながらたどりつけないということが、しょっちゅうだった。選挙二日目には、あせりと疲れで、とてもこんなこと続けていたら、選挙どころではないと思い始めていた。

朝は、食事の準備をしてから駅に立ち、通勤に行く人たちに演説。それから、選挙カーで回りながら、ポスター貼り。選挙では、脱原発を訴えると決めていたので、「練馬区から脱原発をめざしています」とスピーカーで流しながら回り、所々駅などで演説。

夕方からは、また駅に立ち、区で決められている運動時間の8時まで演説。そして、食事をしながら翌日の打ち合わせ。家に帰り着くのは、10時すぎという毎日だった。

 演説(いわゆる辻立ち)していると、ネットをしないという若者や放射能が心配だという母親や女性から話しかけられたりということがあった。罵倒されたとかいやな思いをしたとかということはなかった。

ただ、自転車や通行人が通るところだからいいかなと思って演説を始めると、いきなり怒鳴られたことがあった。「この場所は許可がいる」と言われ、あわてて選管に電話する。慣れないから、選挙のプロのように、手際よく事が進まないことばかり。

運動員のいる政党は、駅に候補者が来るまで運動員が何もかもセッティングして、演説になると、あれだけいたと思った運動員が姿を消し、候補者だけが残る。

一人でがんばっているというように見える。その陰に多くの運動員がいることなどほとんどこのときにはわからない。

これら政党に所属する候補者は、党というブランドに乗っているので、候補者名と政党を繰り返すだけで済む。

中には、「僕、何も言わないからどうぞ!」という候補者もいる。ただ立っているだけで、何も言わないでぺこぺこお辞儀しているだけで、言ったとしても、まあせいぜい党名と名前を言うだけで当選していた。

ある意味、党の言うとおりにしていれば、本人に主張や取り立てた考えなどなくても、当選してしまう。

 若くきれいな女性候補者などでは、コンパニオンのように人当たりはいいものの、どれほどの区議としての資質があるのだろうかと思われたが、驚くほどの票を得て当選していた。

 これが、たった一週間という限られた中での、いわゆる地盤、看板、カネの政党ブランドに乗った候補者と何の組織を持たない候補者の違いである。

 操り人形のような候補者が、上位当選するのが、政党ブランドの選挙なのだと思った。よほどの知名度がない限り、逆風を吹かせることはまず難しい。

名前を知ってもらうために用意した候補者名の入ったのぼりも、選挙運動前はもちろん事前運動になるから使えず、選挙期間中も禁止される。中には、「本人」とか似顔絵の漫画を書いて候補者名を書かないのぼりを持っている候補者もいたが、これも選管に問い合わせすると、「選管で用意したのぼりだけ」と言われ、それらは選挙違反だと言われた。


 ところが、この選管で用意されたのぼりは小さくて、名前が一目でわかるようなのぼりではない。どこの党の誰なのか、あまりはっきり通行人には読み取れない。

 ポスター貼りも、住んでいる地域を中心に貼ってくれるという友達に助けられ、何とか投票日までには貼ることができた。

 今日、選管に行ったついでにこれだけはということでお願いしてきたけれど、このポスター貼りは、誰もが区政参加ができるということからすると、選管には一考願いたいところだ。

ポスターは公費負担されるが、それよりもこの貼るのを何とかしてもらいたいと思った。告示日に番号が決まらなければ貼れず、そのときは選挙期間に突入している。あらかじめ準備などすることは不可能だ。

ポスターを選管に持っていけば、区や業者が全候補者分を貼れるようにできないだろうか?この選挙を一般市民が経験してみて、これだけは組織とお金が、あるいは何かのネットワークをつくっておかなければ無理だと思った。

何が許されているのか、禁止されているのか戸惑うことばかりで、そのたびに選管に電話で問い合わせることばかりだった。選挙前には、放射能が心配で、ネットで水を注文して、乳児がいてミルク用の水など困っていれば、ツイッターで呼びかけようかと思ったが、これも選挙運動ととられるのではと、思いとどまったりしたこともあった。

 選管に聞いて指示を得ることが多かったが、時には、取り締まるのは警察なので、選管では何とも申し上げられませんがと口を濁すようなこともあった。

 選挙にも後半に近づくにつれ慣れてきて、他の候補者の車とすれ違うとエールを送ったり、うぐいす嬢のようにマイクを握って言ったり、手を振って「ご声援ありがとうございます」と言ってみたり。

ただ、しだいに私らしくないと思い始める。私がだんだん選挙に慣れ、他の候補者と同じようになっていくことに、どこかで「これは私らしくない」「私の選挙をしないで終わりたくない」と思い始めた。

ありきたりの選挙運動で終わってしまうことは、何のために選挙に出たのかという問いへの答えにもなっていないように思われた。

 選挙もいよいよ終わりに近づき、私はネットで知った被災地の女子高校生の手紙を読むことにした。

これが、選挙に対する私の最後の挨拶とした。

________________________________

 選挙期間中は大変お騒がせいたしました。
選挙を通じ、この場をお借りして真実をお知らせしようとしてきましたが、今日で最後になりました。

 私は人生の大半を教師としてすごしてきました。また、母親として子供を育ててきました。日本の世界の子供たちを思う気持ちに変わりはありません。

この選挙戦の最後に、被災地の女子高校生の手紙を読みたいと思います。


*真実*

助けてください
福島県南相馬市の
女子高校生です

わたしは友達を津波で
なくしました
私の友達は
両親をなくしました
私の無二の大親友は
南相馬でガソリンが
ないため避難できずにいます

電話やメールでしか
励ますことしかできません

親友は今も放射能の恐怖と
戦ってます

だけどもう、諦めてました

まだ16なのに
死を覚悟してるんです
じわじわと死を感じててるんです

もし助かったとしても
この先放射能の恐怖と
隣り合せなんです

政治家も国家も
マスコミも専門家も
原発上層部も全てが敵です
嘘つきです

テレビでは原発のことが
放送されなくなりつつあります
同じ津波の映像や
マスコミの心ない
インタビュー
口先だけの哀悼の意
被災を『天罰』と言った政治家

政治家はお給料でも
貯金でも叩いて助けて下さい

彼らの贅沢をやめて
被災者を生きさせて下さい

命令ばかりしないで、
安全な場所から見てないで、
現地で身体をはって助けてください

私達は・・・見捨てられました
おそらく福島は隔離されます

完全に見捨てられます
国に殺されます

私達、被災地の人間は
この先ずっと
被災者を見捨てた国を、
許さないし恨み続けます

これを見てくれた人に
伝えたいです

いつ自分の大切な人が
いなくなるかわからないです
今隣で笑ってる人が
急にいなくなることを
考えてみてください

そしてその人を
今よりもっと大切にして下さい
今、青春時代をすごす
学校が遺体安置所になってます
体育や部活をやった
体育館にはもう二度と
動かない人達が横たわってます

どうしたら真実を
一人でも多くの人に
伝えられるのか・・・
一人でも見て貰えれば幸いです
考えた末、勝手ながら
この場をお借りしました
ごめんなさい、そして
ありがとうございます


 この女子高校生の「真実」という手紙を読み、どんな政策も命があってのことだと思いました。国民を区民を守る政治が求められています。

昨日、東大地震研究所は、大震災に誘発され、首都圏が地震が起きやすくなっていて、マグニチュード7級の南関東の地震が起こる可能性があると言っています。

原発を安全、安全と言い続けて推進してきた東電・自公政権に憤りの気持ちでいっぱいです。しかし、今、原発が危険とわかったのですから、危険な原発から見直して、とめていくべきです。

それが、私たちの被災者に対しての唯一できることです。

話を聞いて下さいました皆様、私を支え、冤罪被害者救済や真実を伝えないマスコミに代わり、一緒に書き続けてくださいましたブロガーの皆さん、ありがとうございました。

これからも、私、ネット市民の熊木和枝は、真実を見極めながら書き続けていきます。

(5、選挙を終えてhttp://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-1277.htmlに続く)

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地方選に立候補して 3、選挙告示日

  • 2011/05/18(水) 01:11:10

 この告示日までのことは、
「1.立候補決意から選挙書類事前チェックまで」
http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-1267.html
「地方選に立候補して 2、告示日までの準備」
http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-1270.html
に書いた。

 この告示日から選挙期間となり、一斉に選挙運動に突入する。それまでは、「ネット市民」の政治活動として、真実を伝えないマスコミに代わり、市民が立ち上がり日本全国に市民デモが起きていることを知らせ、放射能の飛散や危険性、情報公開しない政府のことなどを述べていた。

 放射性物質ヨウ素が母乳から検出されたことや、妊婦や子供にはストロンチウムはまず小魚の骨に吸着されるので、骨のとれないシラスやコウナゴなどは食べさせないようにというようなことなども言って、注意を呼びかけていた。

そしていよいよ4月17日(日)の告示日。

事前チェックを選管で受けて封をされた書類を持って、区役所に出かけた。そのまま選挙運動に入るので、選挙カーに仕立てた車で行ったが、区役所に着くと、駐車場に入る選挙候補者の車の行列だった。

指定された階でエレベーターを降りると、エレベーターの降りたところから廊下まで、書類提出者であふれていた。受付開始までにすでに行列ができていた。

受付を済ませると、部屋で待機する。ほとんどの候補者が代理人を立てていて、候補者直々に書類提出するのは、私の他は数えるほどしかいなかった。

くじをひく者だけが別室へ案内される。私がくじをひくので、隣の部屋に。
受付順にくじをひく。一回目、私は49番のくじをひいた。そして、二回目は一回目のくじの順にくじをひく。

50人の区議に対して、68人が立候補していた。そのほとんどが政党所属候補者で、その中に入り込める余地などとてもないように思えた。

 二回目くじをひくと、54番目。この番号が掲示板へポスターを貼る番号となるが、確定するのは、この順に書類提出をしてからだった。

1番から受付なので、54番の私はずいぶん待たされて、やっと書類提出の部屋に入る。二人一組で提出するが、選管の職員がずらりと並んでいて、流れ作業のように書類を提出し、また選管の演説用ののぼりや運動員の腕章などをもらう。

私のように運動員のいない候補者は、いらないのだが、返さなくていいというからこれらはもらっても無駄になる。

終わるともうお昼近かった。とりあえず、ポスターを区役所前の掲示板に貼る。「あー、選挙なんだなー」と貼られた自分のポスターを見て、しみじみ思った。

これからいよいよ選挙が始まるのだと思った。

( 4、選挙運動期間」http://wajuntei.dtiblog.com/blog-entry-1275.htmlに続く。)

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